高木いくの「おはようよもちゃん」「山のおうち」

最近は遠ざかってたのに、気がつくとなぜかTwitterを開いていた。
たまたまちょうどイクノフがCDの販売を告知した直後だった。
今年の運は使い果たしたと思う。


高木いくの商店からの封筒はいつも可愛い。今回はすべて手書き。
雨のなか配達されたので少し滲んでる。それもまた風情。


『おはようよもちゃん』。
もう、なんでこんなに愛の詰まった、優しくて素敵な詞が書けて唄えるのだろう。
それでもその優しさのなかに、生きる厳しさが垣間見えるところが、イクノフの表現者としての凄さだ。
Laura NyroとかPatti Smithに通じる存在感。


『山のおうち』。
こちらも優しさに溢れた曲。木の匂いがするアレンジがすごく良くて、[お稽古用]だけ何度も繰り返して聴ける。


あまりにもピュアで、2020年を生きてることを忘れさせてくれる。こんな世知辛い世の中を一瞬で吹き飛ばす。
イクノフは表現者のなかの表現者だ。

Bobby Bridger「Merging Of Our Minds」

外出できないし、お店のほうも休業を余儀なくされてるので、当然レコードを漁りに行けない。古本屋にも名画座にも行けない。
生きてはいるが、死んでるようなもの。

レコードも古本もwebで買えるが、棚やワゴンを漁る愉しみは味わえない。
(愉しみ云々は別として、お店からすれば大変な状況だと思うので積極的に利用しようとは思ってる)


Bobby Bridgerという人の『Merging Of Our Minds』。
今年初めにユニオンのロックレコードストアで買った。
新宿のユニオンは行く機会が少ないので、他の店舗に行く時より、〈レコ屋に行くこと〉を楽しむようにしている。

たとえば他の店舗なら、見るものをある程度決めておいて、空いた時間に少しだけ覗くこともよくあるが、新宿ではそういうことはしない。
たっぷり時間がとれるときに行って、棚を隅から隅まで見る。
聴いたことも見たこともないけど、なんか引っかかってきちゃったブツを積極的に買う。
要は学生時代にやっていたけど最近はなかなか出来なくなっていることを、ここぞとばかりに満喫するのだ。

このレコードも引っかかってきちゃったブツ。
知らない人だしジャケは普通。クレジットを見てもPeter Drake以外知っているミュージシャンはゼロ。しかも状態が良くない。
じゃあなんで買ったかといえば、ジャケ裏のボビーさんのコメント。


引きがあるというか押しが強いというか。
「I hope you enjoy my sculpture.」である。生粋のミュージシャンというより、アーティストが表現手段のひとつとして音楽を選んだ感じ。
とりあえずこういう自分で完結しちゃってて、かつあんまり理解されてなさそうな人には惹かれる。自分に近いものを感じてしまう。

肝心の音はカントリー調で、アシッドフォークの棚にあったのにそれはないだろうって感じ。
でも、ネットオークションやweb通販だったら絶対に出会っていない一枚だし、あとなんかいい匂いがする。
レコード漁りの醍醐味。こんな体験が好きだ。

だから早くこんな状況は収束して欲しい。
早くレコード漁りにユニオンやココナッツに行きたい。
もちろん古本屋や名画座にも。

石川淳「夷齋風雅」


帯にもある通り、亡くなる数年前に連載されていた最後の随想集。
そんな事情が多少の先入観を作ったのか、他の夷齋ものと比べても枯淡の趣がある。

〈趣〉なんぞと偉そうなことを言えるほど読めているとは思わないが、夷齋先生の和漢洋の学識のうち、和と漢が内容のほとんどを占めているので、どことなく脂が少ない感じはする。

内容が乏しいわけでは勿論ない。
ただ、ある程度の知識がないと、古典籍の引用と必要最小限の私註が淡々と並べられているような印象を受けて終わってしまうので、読み手を選ぶ本ではあると思う。

自分は引用された漢詩が読めなかったりで、完全に置いていかれた。
甘えちゃいけない。
夷齋先生はそんな奴は端から切り捨てて、「問題にしない」のだから、ついていきたければ相応の努力が必要なのは当然のことだ。

大滝詠一「Happy Ending」

今年の〈ナイアガラ・デイ〉リリースは『Happy Ending』。
第3期ナイアガラの未発表音源なんてそんなにあるのかしら、と思っていたら、意外とあるようだ。

ただ、シングル2曲のアルバムバージョンは今回のためにリミックスしたんだろうし、〈全曲未発表〉っていう謳い文句はどうかと思う。
レコーディングデータ含めて、ライナーノーツに詳しい記載が無いのも不親切。
あくまでも新譜扱いしたいのか、『レココレ』を買えってことか。買わないけど。

内容は悪くない。
「Niagara Dreaming」はBB5風多重録音コーラスの小品ながら、どうして今まで未発表だったのか解らない。
「イスタンブール・マンボ」は肩慣らしセッションから?の楽しいカヴァー。
インストは新録なのか、それとも当時ドラマ用にレコーディングしたのか。『ラブジェネ』観てたわけじゃないので判りません。
(ライナーに書かないなら、せめてメーカーインフォにレコーディングデータぐらい載せてよ)

「幸せな結末」はマルチからボーカルだけ抜き出してストリングスを被せたもの。
ヘッドホンから漏れたオケが薄く聞こえる。
「Free As A Bird」じゃないけども、この曲を歌うために戻ってきてくれた、ような感慨が湧くと同時に不在を強く実感する、不思議なミックス。
なんだかんだ思い入れのある曲だから、色々と思い出す。

ボーナスディスクはジャケットがいい。こっちは岡田さんの仕事だろうか。

未発表音源、少なくともライトなファンに新譜としてアピール出来るほどのマテリアルはもう残ってない気がする。
タイトルもそういう意味と取った。
ライナーには早くも来年の『ロンバケ』40周年盤リリースの告知が封入されている。
流石にもういいよと言いたくなるが、『ロンバケ』がアナログで再発されるならこれが初なので少し楽しみにしてしまっている。

石川淳「普賢」

最初はとっつきにくさを覚えた〈饒舌体〉も、再読を繰り返すうちに気持ちよくなってきて、今では疲れたときに読みたい一篇になってしまった。
ロクに読んでもいないから解ったような口は利けないが、黄表紙とか洒落本を読めないなりに頑張って読んでいくとだんだん文章のリズムが見えてくる感覚、あの感覚に近い。

あまりにも言葉が言葉として自立して異物感を放ち始めるとそれはもう詩になってしまうが、かといってなんの歯応えもなくするすると胃の中に落ちていくような文章なぞ小説には求めていないわけで、HARIBOがもしヒモ状のグミを作ったらきっとこうなるだろう、絶妙な強度の文章をじっくり噛んで味わう散文の愉しみ、それを極北まで追い求めればおそらくこの小説に辿り着くに違いなく、その上このように文体は強い感染力を持つ。

夷齋先生の言葉を借りれば〈堕夫を起たしめる底の力〉に満ち満ちた作品なので、その一端がここに表れたのだろうか、何故ここまでポジティブなエネルギーを放つことが出来るのか、『普賢』こそ奇異に充ちた〈発明〉であった。

石川淳「夷齋座談」


夷齋先生の対談集。

作家同士、あるいは研究者を交えた対談を読むのは好きだ。
ものすごく深いことを言葉少なにキャッチボールしているのか、ただ酒席の内輪話をしているのか、活字になると言葉のニュアンスが変化するから、それを探りながら読むのがめんどくさくて愉しい。

安部公房、三島由紀夫、武田泰淳、花田清輝、中村真一郎、中野重治、大岡信、佐々木基一、ドナルド・キーン、吉岡幸次郎…
と、こんなメンツだから、話についていけるわけがない。
でもそれが愉しい。解らないなりに無理矢理頑張ってついていく。

宿題として残ったのは荻生徂徠と、天明狂歌、そしてアランの散文論。あと芥川と鏡花を再読すること。
とりあえず徂徠の入門に適当な本を探すところから。

永井荷風「つゆのあとさき」

荷風が好きとは言いながら、小説はあまり読んでいない。
散人の本領は随筆にあると思っているから、無理して小説を読むこともないが、買ったまま仕舞い込んでおくのも勿体無いと、要はそれだけの話。

『つゆのあとさき』。
岩波文庫版の表紙では清岡のことを浅薄な俗物扱いしている。
でもべつに彼だけが殊更に俗物というわけでもない。登場人物が皆、生臭く、ほどほどに利己的な、フツーの人間として描かれてるだけだ。
まあ、清岡が君江の貸間の押入に猫の死骸を入れて嫌がらせするのはやり過ぎだと思うが。なんかここだけ浮いちゃってるし。

どの人物も突き放して描いているなかで、清岡の老父や妻にはわりかし同情的な視線を感じられる。
老人に対する共感は『腕くらべ』にもあったし、荷風の老人趣味からすれば真っ当だが、清岡の妻・鶴子の描かれ方は、解説で中村真一郎が書いているように少し意外。
荷風にも、進歩的な女性というものへの期待が無くはなかった、ということなのか。

佐々木倫子「ペパミント・スパイ 第1巻」

いまさらながら『Heaven?』を全巻買ったのに、届いたその日に『ペパミント・スパイ』を引っ張り出して読み始めてしまった。
なにがしたいんだろう。

動物の出番が少ないのがちと寂しいが、ドナルド君の活躍もやっぱり面白い。
〈王室恋愛編〉と〈王室結婚編〉は珍しく(?)恋愛譚。
例によって『ローマの休日』風味で、楽しくて切なくて良い。

それにしても改めて、繊細でいながらボケもかますペンタッチに惚れ惚れする。

The Who「Endless Wire」

『WHO』はそれなりに聴いていたのだけれど、あんまりガツンと来ないまま飽きてしまった。
冒頭3曲とボーナストラック以外、ツボに嵌る曲がない。


代わりにというか、『Endless Wire』をよく聴いてる。
いいアルバムだ。

はじめてリアルタイムで聴いたWhoのアルバムなのを差し引いても(そういう類の思い入れなら『Then & Now』のほうが上)、やっぱり名盤だと思う。
「A Man In A Purple Dress」、「It’s Not Enough」、「Endless Wire」、「Mirror Door」、「Tea & Theatre」あたりは明らかに70年代の曲に匹敵する。クラシックだ。

1曲1曲がコンパクトなのも飽きが来ない理由かもしれない。
「Fragments」から「You Stand By Me」までを本編(第1章)とすると30分ちょっと。
アルバムは各面18分で合計36分ぐらいがベスト、というのが体感を基にした持論なので、これはちょうどいい。
その後のミニオペラも20分ちょっと。

ただ惜しむらくは、当たり前だがLPを前提にした構成ではないので、LPで聴くと2枚目のA面とB面の切れ目が不自然なこと。
LP用に曲間を調整してほしかった。ボーナストラック2曲はアナログには不要だろう。

斉藤由貴「LOVE」


斉藤由貴ほど〈ファム・ファタール〉という言葉が似合う人も(昔の女優さんはともかく)いない。
不倫したいもん。

当然、松本隆経由で聴き始めた人だが、この人はご自分でもすごくいい詞を書く。かしぶち哲郎さんもどこかでそんなことを仰っていたような。
『LOVE』は全曲自身で作詞している。
これが凄い、可愛い、怖い。

冒頭の「いつか」「ホントのキモチ」あたりはまだアイドルっぽさもあるが、聴き進むほどに〈女〉が滲み出してくる。これが怖い。
気がつくといつの間にか般若に魅入られていたような感覚。

この人は愛に生きている人だな、と思う。