ムーミンベーカリー&カフェ@ラクーア

8月最後の日、8月2回目のムーミンカフェ。
今度は東京ドームシティ(ついラクーアって言っちゃうのね)の、ムーミンベーカリー&カフェのほう。
こっちは何度か来たことあるけど、何度来ても和む。
ベーカリーっていうぐらいなので、食べ放題のパンが豊富&美味しい。

今回はノッポさんみたいな帽子のムーミンと相席だった(^^)
パパじゃないよ↓

「ファンタスティックコレクションスペシャル 世界怪獣大全集」

特撮本買い戻し強化月間。
だけどこれは買い戻しじゃなくて、ずっと探してたけどそれなりの値段なのでなかなか手が出なかったもの。
ファンタスティックコレクションスペシャル『世界怪獣大全集』

ファンコレとは名乗っていても怪獣図鑑なので、珍しいスチールもあるものの資料的価値はそこそこ。「世界」と言いつつ日本の怪獣に8割ぐらいのページを割いている。
このへんの情報は前にどこかのブログで見て知っていた。それでも欲しかったのにはワケがあって、子供の頃の刷り込みがモノを言っている。

平成VSシリーズ後半の時期にケイブンシャから出てた『ゴジラマガジン』、この4号の特集が「ゴジラを読む」というもので、新旧のムックや関連書籍がリストアップ、レビューされていた。リストのほうは今見るとちょっと無理があるというか、とても全出版物はフォローできなかったんだなという気がするけど、このレビューのほうは小学生の頃、ホントに読み込んだ。

特撮関連の蔵書なんて図書館に行ってもタカが知れてるし、ヤフオクもまだなかった。古本屋で運良く巡り会うぐらいしか入手の術はなかったわけで、ここに載っている古い本にも過剰な期待を持ってしまった。

その後何冊かはヤフオクで入手して、期待以上の内容だったり期待ハズレだったり。やっぱりモノは探してるうちが一番楽しいのかもしれないと思う。

それにしてもこの本、同じコロッサス編の『大特撮』ほどではないにしろ、後期ゴジラやガメラシリーズ全般に対しては相当辛口。意外だったのは東宝フランケン二部作で、これも着ぐるみの出来やなんか酷評されている。
全体に〈怪獣は怖くあらねばならない。初代ゴジラこそ絶対〉という強迫観念に満ちていて、こういう機運があっての復活ゴジラだったんだなと再確認。これじゃ作り手もやりづらかったはずだ。

H・P・ラブクラフト「ダニッチの怪」

ここんとこずっと『魔女の家の夢』を読んでたけど、全然入り込めないし冗漫なので放っぽりだして、『ダニッチの怪』を読了。
これ、ずっと「ダンウィッチ」で記憶してたのに、発音に忠実に書くと「ダニッチ」なの…?

もう全集も5巻読んでるので新鮮さはない。
ワンパターンなのが良くも悪くもこの人の個性だ。でも本作はダニッチ山中をさまよう怪物の描写が怪獣映画のノリで楽しい。
佐野史郎がラヴクラフトの世界観と初期の東宝特撮の世界観をオーバーラップさせて語るのも本作や『ダゴン』を読むとよくわかる。
闇夜に家が押し潰されるなんて昭和29年の『ゴジラ』そのままである。

ただ結末が尻すぼみというかご都合主義というか。そのへんも50年代B級SFっぽいと好意的解釈もできるが、やっぱりイマイチではある。

その後のクトゥルフ神話体系にとっては重要でも、作品自体の完成度はそんなでもないと思う。

新潮カセットブック「R62号の発明 ドラマタイズ」

ずっと探してたけどなかなか見つからなかった新潮カセットブック『R62号の発明』。

草野大悟、田島令子、中村伸郎、佐藤慶…と出演者のメンツを見てるだけで面白そう。東宝の常連さん達なので、未映画化に終わった『第四間氷期』を想像してみたりできる色々おいしいカセット。
でも中身はラジオドラマにしても大袈裟すぎる芝居と凡庸な音響効果でちょっとガッカリ。
作品と同じぐらいブッ飛んだ演出をして欲しかった。
中村伸郎さんの声は昭和30年代、邦画に出まくっていた頃と全然変わってなくて嬉しかった。

島田雅彦「僕は模造人間」

島田雅彦『僕は模造人間』。まともに島田雅彦を読むのは初めてだったりする。

構成が『仮面の告白』に似てるとか、S・カルマのみならずバベルの塔や影を食う動物なんかのファクターが『壁』を思わせるとか、表面的なことに限っても色々惹かれる作品だ。

でもそんなことを分析的に読んでいくより、下に引用したような胸のすく文章が散りばめられていることが大事。

「中学では何か一つのことに打ち込みなさい」という父の言葉をうけて、僕は何か一つのことに熱中する奴を茶化すことに熱中した。

自分も一生懸命な奴は鼻で笑うようにしてきたし、相手にカテゴライズされたり理解したと思われることはいまだに嫌いだ。
相手の熱意やら善意やらを一回つまんで匂いを嗅ぐように自分を馴らすと、クソみたいな学校のクズみたいな周りの連中を眺めるのも多少は楽しめるようになった。

そんな10代半ば頃の青さを思い出させてくれる作品。
それだけという気もしないではないが。

初版発行日がちょうど自分の誕生日だったのが嬉しい。
僕も模造人間。

The Beach Boys @ QVCマリンフィールド

ビーチ・ボーイズの来日公演初日。
ブライアンのいるビーチ・ボーイズを生で観られるとは思ってもいなかったので、とにかく“観た”だけで満足してしまって、ライブの中身は細かく書けない。とにかく楽しかった。

結成50周年てことはメンバー皆70歳ぐらいだと思うけど、演奏が凄い。サポートがいるにしても70代がする演奏じゃなかった。あんなジジイになってもバンド続けられるっていいな。
羨ましいと同時に、べつに音楽なんて何歳から始めたっていいんだよって言われてる気もした。歳取る前に死にたいとも思うし、あんな風になりたいとも思う。「My Generation」にも共感できるし、「人生の扉」にも共感できる。矛盾だらけだけど多分それでいいんだろう。

選曲は自分程度の大して聴き込んでないファンでも知ってる曲だらけで楽しめた。コアなファンの人には物足りなかったかもしれないけど。
個人的には「Add Some Music To Your Day」「I Just Wasn’t Made For These Times」「Busy Doin’ Nothing」あたりが聴きたかったけど、これはブライアンのライブじゃなくてあくまでもビーチ・ボーイズのライブなので、あの選曲で良かったんだろう。

ブライアンはキーボード弾いてないときは腕をダラッと下げて座ってるだけだし、全然笑わないしで多少痛々しくもあった。でもブライアンがマイクと『Heroes And Villains』を歌ってるのを観てると、ポピュラー音楽の歴史に立ち会ってる嬉しさがこみ上げてきた。
昔の映像とのシンクロでデニスとカールを偲ぶ2曲も感動。カールの「God Only Knows」、最初のライン“I may not always love you. But long as there are stars above you”を星空の下で聴く。なんか不思議な感じ。

初期の曲は『Endless Summer』があれば充分じゃないかとか思ってたけど、考えを改めました。ちゃんと聴きます。でもとりあえずは新譜のアナログ盤が欲しい。

愛情のこもったプログラム(超豪華)を眺めながら「That’s Why God Made The Radio」を繰り返し聴く。
ポップスの魔法は不滅。

松沢呉一「松沢堂の冒険 鬼と蠅叩き」

松沢呉一『松沢堂の冒険 鬼と蠅叩き』読了。
17~8年前の『SPA!』に連載されてた古書にまつわるエッセイ。

エログロの回もあるけど抑え目で、表紙の通り渋いトーンで貫かれてる。
好きなのは古書蒐収家の悲哀や古書店の経営について、上野文庫の店主と語る「白っぽいと黒っぽい」、83歳のおばあちゃんと往時の渋谷を旅する「遺跡とラブホテル」あたり。

あとがきを読むと続編も出す予定だったみたいだけど、売上が良くなかったのかこれっきりみたい。
もったいない。今からでもいいから続編が読みたい。

松沢呉一「熟女の旅」「エロ街道をゆく」

『熟女の旅』はタイトル通り、熟女好きな編集者とのちょっとした風俗紀行文。

ロリコンと熟女好きが実は本質的に同質という指摘は説得力がある。
女の子は若いほうがいいという価値観は若い頃モテなかったヤツの幻想、この説も頷ける。モテなかったヤツとしては。

面白い。面白いけどこの編集者さんの領域には辿り着けそうもない…というか辿り着きたくないかも。
凄まじいというかなんというか、人の好みとか性癖なんてホントにバラバラなんだなーと。

『エロ街道をゆく 横丁の性科学』はもっと雑多な、著者のエロ関係の連載を集めたもの。

だいたい初出から20年経っていて、バイブへの認識とか時の流れを感じる文章もある。裸でお風呂アートはいいな。芸術って言ったもん勝ちだよね。

松沢さんみたいに文字数オーバーが当たり前の書くことが趣味みたいなライターになれたら楽しいだろうな。それでも苦しいだろうけど。

本多猪四郎「マタンゴ」@銀座シネパトス

『マタンゴ』はやっぱり怖かった。タイトルバック明けからしてテンションが異様。
人間の欲望や醜悪さを真っ正面から描いているにもかかわらず、表面的にはいつもと同じく控えめな本多演出で、藤子F先生のSF短編のようなタッチと内容のギャップから生じる怖さがある。

正攻法のスリラー演出、「誰か甲板を歩いてたでしょ」から始まる一連のシークエンスは本当に怖い。
それにしても物語が進むに従ってどんどん高まっていく水野久美様の艶気が。いつもの本多作品では抑えてる女としての部分をこれ一本で発散してるんじゃないかとすら思う。
八代美紀がラストの「せんせー」以外印象に残らないのでちょっと可哀想だったりするけど、しょうがないか。

マタンゴ怪人が襲撃してくるシーンは、怖いというより絶望感がある。クロさんに対抗してか、イノさんも怪人の腕を切り落とす。
そして珠玉のラスト、理性ってなんなんだろうと思う。
ああいう状況になったらマタンゴになるほうが幸せだよな、やっぱり。

土屋嘉男はもっと狂っちゃっても良かったんじゃないかとか、難破船内のライティングが明るすぎるとか不満もあるけど、明るく楽しい映画を送り出し続けるスタッフがふと見せてしまった本音みたいな本作は存在自体が奇蹟みたいなものじゃないかと思う。

本多猪四郎「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」@ 銀座シネパトス

銀座シネパトスの〈水野久美映画祭〉で、『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』『マタンゴ』の東宝特撮傑作中の傑作2本立てを観てきた。

2本とも小さい頃から何十回も観てるけど、スクリーンで観るのは初めて。

sandagaira

『サンダ対ガイラ』は『ゴジラ』第一作と『ラドン』あたりと並んで怪獣映画の最高峰。殆ど文句の付けようのない作品。
冒頭の大ダコ出現のシーンから、本多監督と円谷監督のコンビネーションの凄さを改めて実感。合成は窓枠にしがみつく山本簾ごしに大ダコが見える1カットだけ。なのにそこに至るリズムが完璧なので特撮と本編の融合がこれ以上ないほど巧くいってる。実相寺昭雄ばりに編集の分析をしたくなる。
L作戦のシーンも自衛隊機や森林の撮り方が面白い。実物で撮影できそうなところをミニチュアで撮ったり、実景とミニチュアの合成ショットを短く挿んだり。観客を引き込むためにものすごく綿密に計算してるし、観ているだけで楽しい。
プリントの状態も良くて、ミニチュアの細部のディティールまで確認できたのも嬉しかった。

ガイラが生物としてきちんと描かれてるのはラドン以来の伝統をきちんと引き継いでるし、『地球へ2000万マイル』を思わせたりもする。
あれだけ血を見せることを嫌った円谷英二御大でも、L作戦以降のガイラは全身に生々しい傷を負った状態で描いている。そうすることでフランケンシュタインの細胞というストーリーの核が生きてくる。お見事。

以前は気付けなかった本多監督の細かい演出も再確認。
どうしてもガイラと自衛隊のほうに目が行きがちだが、アケミのサンダに対する感情も深く描かれている。
サンダの説得に向おうとするアケミが持ってるのは、“坊や”だった頃の彼と対話するのに使っていたマイク。とても切ない。スチュワート博士にどことなく影があるのは、単にラス・タンブリンのやる気がないだけじゃなくて、アケミの愛情を独占できないことをどこかで感じているからじゃないだろうか。本作はサンダとスチュワート博士の美女をめぐるストーリーでもある。

たぶんこの映画の唯一の欠点はラストの唐突さにあると思う。
最初のほうで海底火山活動の活発化に台詞だけでも触れて(『地球最大の決戦』の異常気象みたいに)、それをガイラが陸に上がってきた原因に結びつけておけば伏線にもなったんじゃないだろうか。
そうすればサンダがガイラを葬るために自ら海底火山に向かったように展開できるし、サンダとアケミの悲劇性も一層増す。 あとは火山の特撮。ちょっと花火丸出しでスケール感に乏しいのが惜しい。