Emitt Rhodes「Mirror」

毎日が全然楽しくないのでヤケ買いしに新宿ユニオンへ。ちょうど100円、300円セールやってたのでそこそこ買った。

Emitt Rhodes『Mirror』
宅録本やモンド本で気にはなってた人。YouTubeで聴けばいいんだけど、それは違うなって感じだったのでずっとお預けだった。

まさに亜流ポールだが、亜流と言っちゃうのは申し訳ないぐらいの佳曲揃い。サウンドやアレンジの感触もかなり『McCartney』に近くて、これはクセになる。
タイトル曲もいいけど、「Bubble Gum The Blues / I’m A Cruiser」のメドレーは詰め込み過ぎな感じも本家そっくりな名曲。

アートワークのダサイんだがなんだか微妙なところもポールっぽくていい。ファーストも探さなきゃ。

Emitt Rhodes「Mirror」 はコメントを受け付けていません。 カテゴリー: Rock タグ

太宰治「道化の華」

『晩年』のなかの一篇、「道化の華」
心中失敗後の心境は実体験そのままなんだろう。太宰研究に於いて重要な作品だというのはわかる。
作者の独白が大胆に割り込んでくる。カバー裏でも解説でも前衛的手法と書かれてるが、成功してるかどうかとは別。正直云ってイマイチ、というかスベってると思う。
なんかまぁひたすら自意識に固執してるのは太宰らしいんだろうけど。要は自分にとっての太宰のイヤなところが凝縮した一篇なのだった。

太宰治「道化の華」 はコメントを受け付けていません。 カテゴリー: 文学 タグ

鴻上尚史「孤独と不安のレッスン」

ネットブラブラして気付いたらポチっていた。
自己啓発系の本は嫌いだ。読むヤツも出すヤツもただのバカだと思う。これもその手の本ではあるけども、鴻上さんの本だからいいかなと思った。バカだと思う。

平易な文章なのですぐ読み終わる。
わりと若い人向けに書かれたのか、孤独は悪いものではないとか、不安は一生消えないとか、当たり前のことがほとんど。
でもまぁ、自分の考え方も間違っていなかったんだなという確認にはなるし、多少肯定された気分にもなる。
結局一冊本読んだだけじゃ何も変わらないし、その時その時をやっつけてくしかないんだろうな。
「博愛ラジオ」でも引っ張り出して聴きたくなったよ。

太宰治「葉」

太宰は嫌いだった。ほとんど読まず嫌い。
確か浪人の頃に「人間失格」を読んだ。あんなにモテてるのに死にたいなんてふざけるな、と。あとやたらジメジメした文章がイヤになって他の作品には進まなかった。

読まないといけないかな…と思い出したのはそれからだいぶ経って花田清輝の作品を読んでからである。このアヴァンギャルドの大家が確かに太宰を意識していると知って不思議だった。
で、結局そこからもさらに2年ぐらい経ってようやく積ん読の山から太宰くんの本を救出。

「晩年」のなかの何作かを読んだ。冒頭の「葉」は頗る魅力的だ。
習作期に書き貯めた(そして廃棄した?)作品群から印象的なフレーズを拾い上げて編んだ小品らしい。アウトテイク集みたいなもんだろう。
物語としての筋はない。小説というよりむしろシュルレアリスム詩に近い感じがする。異質な言葉の摩擦が引き起こすイメージの火花が鮮烈だ。
小説らしい小説じゃないのがよかったのかもしれない。太宰くんを見直してしまった。ずっと読まず嫌いでごめんね。

太宰治「葉」 はコメントを受け付けていません。 カテゴリー: 文学 タグ

安部公房「他人の顔」

faceofanother

『他人の顔』は言うまでもなく代表作の一つだが、個人的にはちょっと苦手で、再読してもその印象は変わらない。
後の長編と較べてレトリックを詰め込みすぎな気がする。隙はないのだが、その隙のなさを窮屈に感じる瞬間が何度か訪れる。
映画版のほうが自分には合ってる。ケロイドの少女の活かし方もよりスマートだったし。

安部公房「他人の顔」 はコメントを受け付けていません。 カテゴリー: 安部公房 タグ

松本清張「火の記憶」「青のある断層」

清張の「或る『小倉日記』伝」所収の短編を読み終えた。

表題作に通ずる、主人公のコンプレックスとその裏返しの名声への執着がテーマになっているのが「菊枕」「断碑」「笛壷」もその変形かもしれない。「菊枕」と「断碑」は凄絶で、重いというよりも“痛い”、もっと言えば“イタい”作品群である。この場合は俳句とか考古学という自分の道の他に、世俗的な成功への望みを捨てていなかったことが主人公達の悲劇に繋がっているのだろうが、こういった思春期的ともいえる没入の仕方は、身に覚えがあるだけに読んでいてツライ。これは結構、誰もがある時期には抱いた感情なんじゃないかと思う。名誉欲とか自分の限界と上手く折り合いがつけられずに大人になってしまった(中途半端に名声を得てしまった)のがこれらの作品の主人公であり、それは清張の裏返し、読者の裏返しだ。

これらを読んでいてふと、漱石の「私の個人主義」を思い出す事が何度かあった。

何かに打ち当るまで行くという事は、学問をする人、教育を受ける人が、生涯の仕事としても、あるいは十年二十年の仕事としても、必要じゃないでしょうか。ああここにおれの進むべき道があった! ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたは始めて心を安んずる事ができるのでしょう。

短編集中、特に好きなのは「火の記憶」「青のある断層」
「火の記憶」は映像的な作品で、九州の炭坑街が舞台の一つとなることもあって清張特有の暗さにも事欠かない。時代設定置き換え不可能な作品である。

この作品を読んで唐突に個人的な記憶が甦ってきた。
小学校低学年頃、夜中まで眠れずに起きていたのか、夜中に起きてまたすぐ寝てしまったのかもわからないが、ラジオドラマを聴いた。
重々しい汽車の音と、工場のような音、低い男性の声で「石炭のために死んだ町だ」というセリフ。葬式のために炭坑のある町にこの男は戻ってきたんだな、と思ったが、それもドラマを聴いていて思ったのか、なんとなく後から印象付けしたのかわからない。ただ「石炭のために死んだ町だ」というセリフだけが今も強く印象に残っている。「火の記憶」を読んでいて、そんなことを思い出した。

「青のある断層」は、美術界に切り込んだ作品で、剽窃や盗作がテーマらしい。そう読めないこともないが、個人的にはテーマ云々より最後の、無名の画家が奥さんと静かな温泉に行く場面が好きだ。

「売れる絵を描くだけが画家じゃないわ。ひとりで愉しんで描いても立派な画家だわ」と津名子は言った。
そうだ、帰ろうと決心した。津名子も酒場などに勤めさせておきたくなかった。初夏になると全体が真っ黒になるくらい夏蜜柑がなる故郷で働きながら、好きなように勝手な絵を描こうと思った。
が、寂しさは心から消え去らなかった。帰郷を前に、旅費だけをのけて、持っている金をみんな使うつもりで、伊豆へ一泊の小旅行を思いたった。そうでもしなければ、やりきれなかった。

「門」の宗助夫婦を思い出した。諦めの次には寂しいながらも平穏な夫婦の毎日が待っている。

松本清張「火の記憶」「青のある断層」 はコメントを受け付けていません。 カテゴリー: 文学 タグ

北野武「3-4×10月」「あの夏、いちばん静かな海」 @ 早稲田松竹

北野作品の中でも特異な存在らしい『3-4×10月』。


暴力描写の唐突性は前作以上だと思った。特にたけし演ずる上原。カッコ良過ぎ。
楽しげな砂浜の野球シーンにいきなり割り込んでくる暴力。ビール瓶をヤクザの頭に叩き付ける殿に惚れる。

突き放されるような終り方も心地良い。何だかジワジワ効いてくる映画で、早くもう一回観たい。

『あの夏、いちばん静かな海』は正直そんなにピンと来なかった。

『3-4x』の後ってこともあるのか、どうしても音楽が邪魔に思えてしょうがない。あとサーファー役の演技。どんな映画観ても自分と同年代のセリフ回しの嘘っぽさには敏感になってしまう。

『3-4x』なんか観てると、永山則夫を題材にして一本撮って欲しいと思ってしまう。諦観と絶望を具えた眼が見た景色を描かせたら右に出るものはないんじゃないかなぁ。