吉田ゐさお「愛のココかわ」

TVは観ないし、YouTubeのCMなんかも当然観ない。
でもゐさおちゃんが関わってる曲は聴くようにしている。この曲もなかなかのヒット。
トリンドルの声は嫌いじゃない。マツは最高。

The Who新曲「Be Lucky!」

50周年ツアーに合わせたベスト盤に収録の新曲。
「新曲のレコーディングもしたい」っていうのはお約束のリップサービスだと思っていたので驚いた。

ロジャー主導な感じのタイトルが新鮮。サウンドはきっちりThe Who。新味もそんなに無いけど、古臭くもなくスマートなのはさすが。ドラムがザックなのも嬉しい。
ジョンのソロ活動が結果的に90年代後半の復活劇に繋がったように、ロジャーとウィルコの共演がバンド本体に素敵なフィードバックをもたらした。
最近ウィルコは観光で来日中だったそうな。元気になったらフーのステージに殴り込んでほしい。

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「夢の島少女」の深層 (18 1/2) 2014年の追記

umauma

(1)でも書きましたが、この〈「夢の島少女」の深層〉は大学の卒論を基にしています。極端に意味が取りにくい箇所は加筆なり訂正なりしていますが、基本的にはほぼ原文のままです。
原文のままですが、訂正しようがない論文としての大きな欠陥があるのです。前回までは、“『夢の島少女』の深層にあるもの”を考察してきましたが、次回以降は“『夢の島少女』から『四季・ユートピアノ』に至る創作の過程”を見ていくものになり、論の中身が途中から全く変わってしまっているのです。

言い訳にしかならないのは承知の上で、これには卒論執筆当時の状況が強く影響しています。

佐々木ドラマで卒論を書くことに決めたのは2010年の6月頃だったと思いますが、その翌日に特集上映『佐々木昭一郎というジャンル』開催のニュースが飛び込んできました。偶然と言えばそれまでですが、偶然以上のものに思い込もうとしていました。
その特集上映では佐々木・中尾両氏にお会いすることもでき、大感激しました。ただのミーハーです。
さらに、制作当時の台本やエッセイなど、佐々木監督自身が書いた資料を探して読み込んでいく過程で、思いもよらなかった高揚感を感じることになります。
70年代後半〜『四季・ユートピアノ』放送までに書かれたエッセイ群は、読み手の感性に強く訴えてくるもので、とにかく素晴らしかったのです。大袈裟でなく『四季・ユートピアノ』を初めて観た時のような一種の興奮状態になってしまいました。
(さらにいくつか偶然の出会いもありました。)

結果として、対象とする作品との距離感を見失っていくことになります。本来なら前章までの内容を踏まえて、“『夢の島少女』論の”結部を書かなければならなかったのですが、それとは別に70年代後半のエッセイに触れた興奮も記しておきたくなってしまい、強引に論にねじ込みました。それが次回以降の部分です。
佐々木作品が持つ、誰かに伝えたくなる魔力といえなくもありません。
本文では、『四季・ユートピアノ』が『夢の島少女』終盤の撮影から出発していることを傍証するための引用ということにして、〈『夢の島少女』論〉としての体裁を繕っています。

しかし、それはそれとして、『調査情報』誌に連載された「director’s note」と、『ドラマ』誌に連載された「脚本と真実の周辺」は、佐々木作品が好きな方には必読だと思います。機会があればぜひ一度読んでみて下さい。

では次回から、本論に戻ります。

いとうせいこう×奥泉光「小説の聖典 漫談で読む文学入門」

井上ひさしからの流れで、文章を書くのに参考になる本はないかと探していたら(そんなことをしてる時点でもうダメだろう)引っかかった本。

bible

いとうさんで漫談だからつまらないはずはないだろうと手を出したのだが、つまらないとまでは行かなくてもイマイチだった。意外。
最大原因はいとうさんの相手がみうらさんじゃないことだが(当たり前)、やっぱり活字にしちゃうと喋りも別物になってしまう。
それに壇上の2人と註の渡部直己から、俺たち面白いでしょ、なオーラが漂ってきて少し醒める。会場ではウケても活字にするとイラっとするだけのやりとりだってあるんだから削ってくれたほうが良かった。
それにどことなく啓蒙的な匂いもする。これは本文で語られている〈コード〉と無関係ではないと思う。漫談とはいえ活字にすることで権威的なものが付与される。そのへんが少し鼻につくし、漫談にすれば文学でも難しくなく楽しめるという意図があったのなら、逆説的に文学は難しいものだという認識を促すことになるんじゃないかと、ちょっと思った。

結局、語られてる内容は面白いけど、それなら渡部さんの著書を読んだほうが手っ取り早いし面白いと思う。

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中原昌也「あらゆる場所に花束が…」

小説っぽくない小説を読もうと思ったのか、映画評以外の中原昌也を読みたいと思ったのか、きっかけは忘れたが、「あらゆる場所に花束が…」を読んだ。

arayuru

帯には〈これほど気持ちのいい狂気があっただろうか〉とあるが、狂気というにはちょっと弱い気がした。もっと悪意に満ちたものを想像していたので、あっさり読めてしまって物足りない感じ。いくつか印象に残る文章はあった。あったとさ。

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