Ruthann Friedman「Constant Companion」

constant

Associationの「Windy」を書いたシンガーソングライターの唯一のアルバム。
YouTubeで「Windy」のデモを聴いたらすごく良くて、アルバムも聴いてみたくなったので買ってみた。
そんなにキャッチーでもないし、アシッドフォーク色も強くないので、ちょっと拍子抜け。
でも聴き込めば味が出てきそうな佇まいなのでまだ真価は分からない。
いくらなんでもJudee SillとかVashti Bunyanみたいな特異な個性がそこらじゅうにいるはずないもんね。

ハンナ・アレント「暗い時代の人間性」

darktimes

暗い時代が来る、というか5、6年前からとっくに暗い時代なのは間違いない。だからアレントを読んだ。

スラスラ読める文章ではないので、とりあえず『暗い時代の人々』の最初に収録されている「暗い時代の人間性」を精読。
強い知的興奮を起こしてくれる文章なので、たとえば〈内的亡命〉や〈人間性〉について安部公房の『内なる辺境』と結びつけて考えてみたくなったり、いろいろと考えが浮かんで頭の中がとっ散らかっている。

frontier

ブログも書くと長くなりそうで億劫だから手を着けないで逃げてたのだが、今日もまた腹立たしいことが行われているので、何度も反芻したい文章を抜粋しておく。

権力は人々が協同して行動するところにのみ生まれ、人々が個人として強靭になっていくところには生まれません。強靭さは権力に代るほどの偉力を持ちません。強靭さが権力に直面する場合はいつでも、強靭さが圧倒されることでしょう。

しかし、逃亡することと逃げながら抵抗するための本当の強靭さも、現実が無視されたり忘れられたりするところでは実現されえません。(略)
ある時点における世界の状態を支配している絶対的な「否定性」に個人が直面できない場合、それは実現されえないのです。

たとえば、耐えがたく愚かなナチスの密告者を単純に無視するということは確かに魅惑的なことでしょう。しかし、こうした誘惑に屈して、自分自身の精神の隠れ家に閉じこもることがいかに魅力的であるとしても、その結果は常に現実を見捨てることであるとともに人間性を喪失することでもありましょう。

「Strawberry Fields Forever」の歌詞を初めてじっくり読んだとき、“Living is easy with eyes closed”というラインが本当に好きになった。
でも目を瞑る場面を選ばないと、その態度は単なる責任の放棄になる。すなわち“人間性の喪失”。
だから現実から目を逸らさないように心がけたいし、〈恩送り〉を忘れないで生きていきたい、と思う。

とりあえず今日はここまで。嫌になってしまう。

スティーヴン・ジェイ・グールド「ワンダフル・ライフ バージェス頁岩と生物進化の物語」

wonderfullife

カンブリア紀の生き物は恐竜図鑑の頭のほうのページでお馴染み。
いつまでも恐竜の前座みたいなイメージでも申し訳ないので、勉強しようと思ってこの本を買ったのだがギブアップ。

題材も内容も面白い、はずなのにどうしてもこの人の文章とフィーリングが合わなかった。
ホブスンの「夢に迷う脳」もそうだったが、難解な内容を一般の読者にも楽しんでもらおうってサービス精神が裏目に出ちゃってるというか、凝った比喩とか詩的な文章を翻訳で読むと疲れる。

バージェス頁岩から発見されたカンブリア紀の化石をあらためて調べ直すことで、それまでの分類が覆されていく。
その重要性を繰り返し、熱く熱く暑苦しくグールドさんは述べてくれるのだが、その熱についていけない。
分類なんて人間が便宜上付けているだけで案外いい加減なものだと個人的には思うので、それが根底から覆されたとしても、まぁそんなこともあるだろうぐらいにしか思えない。
あとバージェス生物群を発見したチャールズ・ウォルコットへの批判が行き過ぎな気がする。私怨とまでは言わないけど、そのせいで脱線気味に感じるところが結構ある。

第一章の進歩史観に関する部分は面白い。ただ本題の前置きみたいなものなのですぐ終わってしまう。
引用されてるマーク・トゥエインの文章が印象的。彼の晩年の作品を読んでみたくなった。