木下惠介「お嬢さん乾杯!」@神保町シアター

木下惠介の『お嬢さん乾杯!』。
これは前から観たかった一本。没後の初鑑賞になってしまったのが悲しい。

kanpai
〈原節子=別世界の美人〉という方程式を観客全員が飲み込むことを前提として成り立ってる映画。そう考えるとなかなか凄いけど、彼女は本当に別世界の美人なので仕方ない。舞い上がる佐野周二の気持ちも痛いほど解るし、応援したくなる。

実際のところ、コメディだがギャグらしいギャグは例によってつまらない。劇場チラシの煽り文句ほど、原節子のコメディエンヌとしての魅力も開花していない(まだ五分咲きぐらい?)
だから正直いって途中までは「期待しすぎたかな…」と思ってたが、なんだか得体の知れない幸福感がジワジワと沁みてくる。

そしてラストであの台詞。やられた。
女優原節子の全盛期突入宣言だ、あれは。

これも落ちぶれた華族の話で、設定はちょっと久我美子さんを連想させる。
結構身近な話題だったのかもねん。

jimbochotheatre0827
惚れております。

吉村公三郎「安城家の舞踏会」@神保町シアター

原節子さんの追悼特集。小津と成瀬以外はあまり観たことがないので、嬉しい。

anjo
吉村公三郎の『安城家の舞踏会』。
落ちぶれた華族の話。なかなかピンと来ない設定…というか来るわけがない。「華族」と聞けばなんとなくの反感程度は感じるが、そこどまり。

舞踏会に集まる上流(?)階級の皆さんの立ち居振る舞いが滑稽で。原節子ならともかく、いかにも昔風な日本人体型と日本人顔の人達が舶来モノで着飾ってるのは痛々しい。
日露戦争当時の思い出を語るおばさんも出てくるが、明治の日本をいつまでも引きずってる連中は哀れだなぁと。
当然華族には華族の苦労もあったんだろうけどねぇ。

原節子の美貌と、ノリノリな森雅之の怪演(いつもながらのダメ男)が印象的だった。

I don’t wanna be a Japanese.

宝くじを買うような人間はもともと軽蔑してるので売り場にも近づかないが、2020年東京大会協賛くじの広告が目に入ってしまった。
shitjap
キモい。これを見てなんとも思わないのが健全な日本人の感受性なんだろう。
いちおう人間としては真っ当でありたい。でも健全な日本人にはなりたくない。
あとは4年かけて同調圧力が強まって、その先にお終いが待ってるだけなので、まともな感受性を持っている人やまだ若い人はさっさとこんな国棄てましょう。

亡命の準備は早いほうがいい。

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ジャン・リュック・ゴダール「勝手にしやがれ デジタルリマスター新訳版」@K’s cinema

口を開けばほとんど「君と寝たい」しか言わないベルモンドがおかしい『勝手にしやがれ』も新訳で公開。
ゴダールの作品中では印象が薄かった一本。久しぶりに観たら…カッコイイ!

souffle_2016
モノクロのパリの街並みがカッコイイ。フランス車も最高にカッコイイ。音楽も、小さく聞こえるカメラが回る音もカッコイイ。
カッコイイことはなんてカッコイイんだろう。

ベルモンドとセバーグが延々とベッドでイチャついてるシーンが好き。
アンナ・カリーナが演ってたら…と思わないこともないけど、セバーグはセバーグで魅力的だ。ただこの映画は彼女の最期を知ってから観たので、なんだかやけに表情が切なく見えたりもする。

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ジャン・リュック・ゴダール「気狂いピエロ デジタルリマスター新訳版」@K’s cinema

最高!何度観ても華麗なる気狂いピエロ!

pierrot_2016
リマスター効果で発色が凄く綺麗。ゴダールの原色が映える映える。

なんたってゴダールだし難解だと決めつけてたようなところがあって、実際大学時代に観たときはサッパリ解らなかった(でも好きだった)。

今あらためて観ると、引用元を知らないから「?」になるだけの話で、ならば引用元を紐解いて読み解けばいい。能動的な関わり方が解れば愉しくてしょうがない。
たとえそういう見方をしなくても、とにかく可愛いアンナ・カリーナを見ていればいい。コラージュのリズムに身を委ねればいい。
最後の爆死まで、ニヤニヤが抑えられない。

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動かないゴジラ

『特撮秘宝 Vol.4』の竹谷隆之インタビューにある、ビリケン商会の初代ゴジラ(ハマハヤオ原型)が雛型の造型段階で参考にされたって言葉は興味深い。

godzilla2016
あのキットは一見アレンジがキツいようで、案外着ぐるみのフォルムに忠実だ。

スケールモデルと呼べるぐらい忠実なようで、実は微妙に生物感が加味された酒井50cmや、モノノケ溢れるイノウエ50cmとは方向性が違う。

シンゴジラとビリケンの初代ゴジラの関係は、84ゴジラと海洋堂のリアルホビーサイズ初代ゴジラ(原詠人原型)の関係に似ている。

1984p
84年のときは、従来の着ぐるみにはなかった生物感を原詠人独特のアレンジから取り入れようとしたんだろう。
そして今回はCGで描くからこそ、逆にゴムの塊らしさを出すことが庵野監督の意図だったらしい。狙いは成功してると思う。

「俳優」じゃなくて「スーツアクター」が入った近年の着ぐるみの予定調和な殺陣が嫌いだ。CGで着ぐるみを描く、一見本末転倒なこだわりを見習え。

とにかく迎合する前に批判せよが、簡にして要を得た回答となる。

公房「そこで国家は、かつて辺境の「異端」と闘い、国境線を守り抜いたように、こんどは内なる辺境(移動社会)の「異端」にむかって、正統擁護の闘いを開始しなければならなくなった。非国民…排外主義者…秩序破壊者…外国の手先…アカ…全学連…等々」

サイード「集団が信奉する公式見解をくりかえすだけなら、なんとたやすいことだろう」

散人「今の世を見るに、世人は飲食物を初めとして学術文芸に至るまで、各人個有の趣味と見解とを持っていることを認めない。十人十色の諺のあることは知っているらしいが、各自の趣味と見識とはその場合場合に臨んでは、忍んでこれを棄てべきものと思っているらしい」

夷斎「それにしても、ああ、益々御風流……いよいよ、きちがいじみて来た」

K「われわれの救いは死である。しかし〈この〉死ではない」

公房「絶望するのはまだ早い。都市の広場が暗ければ、国境の闇はさらに深いはずなのだ。越境者に必要なのは何も光ばかりとは限るまい」

アレント「最も暗い時代においてさえ、人は何かしら光明を期待する権利を持つこと、こうした光明は理論や概念からというよりはむしろ少数の人々がともす不確かでちらちらとゆれる、多くは弱い光から発すること…」

サイード「たとえほんとうに移民でなくとも、故国喪失者でなくとも、自分のことを移民であり故国喪失者であると考えることはできるし、数々の障壁にもめげることなく想像をはたらかせ探求することもできる。すべてを中心化する権威的体制から離れて周辺へとおもむくこともできる」

ブルトン「いとしい想像力よ、私がおまえのなかでなによりも愛しているのは、おまえが容赦しないということなのだ」

サイード「おそらく周辺では、これまで伝統的なものや心地よいものの境界を乗り越えて旅をしたことのない人間にはみえないものが、かならずやみえてくるはずである」

苦沙弥「個人主義は人を目標として向背を決する前に、まず理非を明らめて、去就を定めるのだから、或場合にはたった一人ぼっちになって、淋しい心持がするのです。それはそのはずです。槙雑木でも束になっていれば心丈夫ですから」

安吾「だが堕落者は常にそこからハミだして、ただ一人曠野を歩いて行くのである」

詩人「人のいやがるものこそ、僕の好物。とりわけ嫌ひは、気の揃ふといふことだ」

ツァラ「自由、自由。ぼくは菜食主義者ではないから、レシピを提供することはできない」

ママ「すべて楽しいことは、お腹にいいのですよ!」