ジャ・ジャンクー「山河ノスタルジア」@早稲田松竹

時間が合わないので『プラットホーム』は諦めて、ラスト1本で『山河ノスタルジア』を観た。
久しぶりに、〈得体の知れないとんでもない傑作〉だった。
ジャ・ジャンクーは人間を描くためなら時空もジャンルも平気で越境する。その手腕の見事さ!

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感想は寝かせてから書こう。そんなものは書かなくていい。とにかくもう一度観たい。

成瀬巳喜男「山の音」@神保町シアター

山村聰も笠智衆に負けず劣らず年齢不詳だ。そして父親役がよく似合う。

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『杏っ子』では香川京子の、『山の音』では原節子の優しい父親。2本とも、娘と並んで歩くシーンが印象的。

原さんの夫は上原謙。森雅之みたいに憎めないダメ男じゃなくて、ただ単に厭な男。
奥さんに子供堕ろさせといて平然としてる冷酷さが、あの顔立ちにハマりすぎて、見事まったく愛せない人間になっている。『めし』もそうだけど個人的にこういう上原謙は苦手。

中北千枝子さんが本領発揮。保険のおばさんでこそないものの、子供2人を連れて半分出戻り状態の奥さんを好演。名女優。

丸山誠治「女ごころ」@神保町シアター

『山の音』だけ観るつもりだったが、時間ができたので『女ごころ』も観た。

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団令子の魅力が昔からイマイチわからないのであまり楽しめなかった。
設定にも既視感があるし、展開もゆっくりで冗長に感じる。

でも中村伸郎が出てたので良しとしよう。

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー「デスペア 光明への旅」@アテネ・フランセ文化センター

神保町シアターで原節子×香川京子の2本を観てからアテネフランセのファスビンダー映画祭へ。

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正直すごく観たいというほどでもなかったけど、あまり観る機会もなさそうなので行ってみた。
個人的にはデュラス特集以来(?)の結構な混みよう。

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観たばっかりの『あやつり糸の世界』と同じで、鏡を使った美術やアングルが面白い。ただそういう驚きは長く続かない。
ゆったりと進むストーリーを追っているといつの間にかアテネフランセに住む睡魔が横にいる。何度かウトウトしては主人公ヘルマンの叫び声に起こされた。ごめんなさい。

彼とフェリックスが入れ替わるシーンの緊張感(会場の緊張感かも)に目を覚まされ、そこからラストまでは寝なかった。オチは〈メタ〉が当たり前になる前は衝撃的だったんだろうけど、個人的には「それを言っちゃあ…」な感じ。
ストーリーは好みだけどテンポと芝居についていけなかった。原作を読んでみよう。

川島雄三「女であること」@神保町シアター

香川京子さんと久我美子さんの共演作は案外少ない気がする。同じ作品に出演してても絡む場面が少なかったり。
『女であること』もそんな例に漏れない一本で、そういう意味では少し残念だった。

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↑このスチールのように三人仲睦まじくしてるシーンはない。残念。

お二人が共演すると香川さんに陰、久我さんに陽の役割が振られるのも不思議。本作の久我さんは『あの手この手』(たしか市川崑だった気がする。イマイチだった気がする)のアコと同じようなキャラクター。香川さんは父親が死刑囚という、なんだか『お嬢さん乾杯!』の原節子を思わせるキャラクター。
二人が仲良くはしゃぐ姿を観たいなぁ。知らないだけであるのかもしれないけど。

香川京子、久我美子、原節子、森雅之、三橋達也、さらに中北千枝子、太刀川洋一も出ていて、出演者には文句なし。
(…そういえば東京映画には個人的なツボにハマる作品が多い。お富士さんも豊田四郎の何本かのほうが大映の映画より好き)

妙な映画だ。久我美子が原節子を崇拝する、どこか同性愛っぽさ漂う描写は、同じく久我さんが木暮実千代を崇拝するヘンな映画『雪夫人絵図』(溝口健二)に似てる。
いっぽうで死刑囚の父親を背負った香川さんをめぐるエピソードはシリアスで対照的。このへんの対比は『女囚と共に』(女優陣がとんでもない久松静児の一本)を思い出させる。
そこに原節子の昔の男、三橋達也が絡んできたり(クレー射撃をする三橋さんは素を出せて楽しそう)。森雅之は相変わらず森雅之。中北千枝子さんは成瀬映画ほどイキイキしてなくてちょっと残念。

最後はちょっと唐突だがすべて上手い具合に収まる。それでもあんまりご都合主義な感じもしないのは川島雄三の手腕なんだろうか。
でも大団円、重荷が降りて笑顔になった香川さんとも絡まずに久我さんが去ってしまう。そこはやっぱり残念だ。

成瀬巳喜男「驟雨」@神保町シアター

神保町シアターの原節子さん一周忌特集。今週は観たい作品ばかり。

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『驟雨』が〈佳作〉とか〈小品〉ぐらいの評価で済まされることが、昔から不思議で不満だ。
間違いなく大傑作だと思う。
このレベルの作品は当時の成瀬には珍しくない、って評論家の言葉もどっかで読んだ。それは当時の成瀬の絶好調ぶりを裏付けることにはなるけども、だからそれらが佳作どまり、ってことにはならない。

ただ、本作を〈傑作〉と呼びたくない気持ちも(別の理由から)ある。
『おかあさん』なんかもそうだけど、そう呼ぶことでわざわざ一段高いところへ映画を祀り上げて自分から遠ざけてしまうような気がする。常套句に頼らずに、自分の言葉で大切に語りたくなる、そんな作品。

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『浮雲』のような得体の知れない凄みはない。でも、小気味よく市民の日常を描いた本作みたいな作品が成瀬の本道だろうと思う。
佐野周二と原節子の会話、原節子と香川京子の会話、三人の会話、小林桂樹と佐野周二の会話、どの場面も大好きだ。
コメディとして作られた同時代の作品より、当時は立派な〈文芸映画〉として作られただろう成瀬や小津の作品のほうが、今観ても笑える。
繊細な日常描写が浮き彫りにする生活者のズルさとか哀しさ、身に覚えのある感情の数々。どの時代の観客にも受け入れられるのは当然のことだ。

だからこそ、やや唐突な最後の場面に小ぶりな作品には似合わないほどのカタルシスを覚えてしまう。『浮雲』にも負けない凄みも、実はあるかもしれない。

ショウペンハウエル「自殺について 他四篇」

まことに世界は、したがってまた人間は、もともと在るべきではなかったところの何物かなのであるという確信は、相互に対する寛容の念を以て我々を充たしてくれるに充分である。

岩波文庫版の書名が『自殺について 他四篇』なのは、単に文字数の問題じゃなかろうか。
それくらい、「現存在の虚無性に関する教説によせる補遺」「世界の苦悩に関する教説によせる補遺」の二篇がいい。

suicide
人生は牢獄みたいなもので、生まれてしまった罪への償いであり、意味も価値も何も無い。
子供をこの世界に産み落とす行為が、性欲ではなく純粋に理性の結果だとしたら、人間は阿呆以外の何物でもない。

…そんなこんなが勿体ぶった文章で延々と書かれていて心地がいい。眠れない夜に、もう二度と目覚めないことを願いながら読むにはぴったり。

大いなる羨望に価いする人間は誰もいない。大いなる憐憫に価いする人間は数知れずいる。

ジャン・リュック・ゴダール「女と男のいる舗道」@シネマブルースタジオ

シネマブルースタジオにて、ヌーヴェル・ヴァーグ前夜特集。そういえばヌーヴェル・ヴァーグの明確な定義を知らない。まぁいいや。

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『女と男のいる舗道』。
本筋はおいといて、アンナ・カリーナが働くレコード屋のシーンが最高。
客との気だるい応対。とってつけたような笑顔で手渡す紙袋。その中には美麗なジャケットのフランス盤EPとLPが一枚ずつ。
あんなお店で買い物できたら、ジャケに少しぐらい傷があろうが楽しくてしょうがないだろう。
レジ前にはトーケンズのEPがあった気がする。

ゴダールの映画はコラージュだと思っているので、後からチラシやパンフでちゃんとストーリーがあることを知ると驚く。
この映画だって物語を追えなくはない。『ウィークエンド』やら『気狂いピエロ』ほどブッ飛んではないし。
でも、場面場面の引用やディティールが意味するところを考えつつ観ていると、頭がこんがらがってくる。

ゴダールがずば抜けて難解だとは思わないが、やっぱりこっちも教養が全然足りないので、理解できない場面も多々ある。
ただ、その〈解らなさ〉が堪らなく快感だと、負け惜しみのように言ってみる。実際快感なんだから仕方ない。
死ぬまで背伸びで観続ける映画作家だろう。

小津安二郎「麥秋(4Kデジタル修復版)」@神保町シアター

待ちに待った『麥秋』の4Kリマスター版。

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ところが以前観た『東京物語』と同じで、これまで観たプリントの状態も悪くなかったしモノクロということもあって、画質の向上はビックリするほどではない。もちろん傷やコマ飛びは無くなっている。

ただなんかもう、観ているうちにどこがよく見えるようになったとか台詞が聞き取りやすくなったとか、そんなことはどうでもよくなる。
いつも通り、松竹マークから最後の麦畑まで、至福の時間に身を委ねるだけ。

どうしてこんなに好きなんだろう。

小津安二郎「晩春」@神保町シアター

紀子三部作の中ではそれほど思い入れがない作品(あくまでも3作の中では)。

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小津の映画を観始めた頃は、得体の知れない心地良さに浸る一方で、「こんな映画、小津じゃなかったら女性蔑視でアウトなんじゃないの」と思ったりした。
小津映画のヒロインは大体、「もう嫁にやらにゃあ」なんて感じの周囲の思惑で縁談を持ち込まれ承諾し、泣きながら「お父様お世話になりました」になる。

時代の違いと言っちゃえばそれまでだが、初めのうちは結構違和感があった。いまも完全に無くなったとは言えない。
それでも、京都の夜、笠智衆が娘に幸せについて語る場面は観るたびにジーンとしてしまう。もっと歳いってから観たら号泣だろうな。