Ringo Starr and His All Starr Band@NHKホール

直前になってリンゴの来日を知ったので、慌ててチケットを取った。
前回の来日はチケットを取ったのに行けなかったので、今回は絶対行こうと。
なんたってリンゴも76歳。嫌なことは考えたくないし長生きしてほしいけど…ね。

ringoallstarrband

今のオールスターバンドで知ってるのはグレッグ・ローリーとトッド・ラングレンぐらい。
2人とも熱心に聴いてるわけじゃないし、他のメンバーに至っては申し訳ないけど誰?って感じだが、リンゴさえいてくれればそれでいい。

リンゴは有名曲を一通りやってくれた感じ。「Yellow Submarine」を合唱するのは理屈抜きで楽しい。
ただ、今でもいいアルバムを作ってるんだし、もっと最近の曲を演ればいいのにとも思う。そうすれば懐メロショーっぽさもずっと薄れるだろうし。
まぁ、ビートルズの曲はスタンダードだから懐メロ感はゼロだけど、他のメンバーのレパートリーからはそんな匂いも感じられてしまったので、そこが寂しいなぁと思った。

allstarrstage

そんななかで、贔屓目かもしれないがグレッグだけはちょっと違った。
「Evil Ways」「Oye Como Va」「Black Magic Woman」の3曲は、モーダルに広がっていく展開がバンドの息の合い具合をモロに示してくれて、すごく楽しかった。
(それでも演奏が終わると客席からは「リンゴォー!」って声が飛ぶのでなんだかなぁと思いつつ)

きっかり2時間。アンコールなし、途中で休むことはある。ただそれを差し引いてもポールに劣らずリンゴも元気だった。
まだまだ長生きしてくれそう。
最後にチョロっと「Give Peace A Chance」を演ってくれたのが嬉しかった。

池谷仙克さんの訃報

池谷仙克さんが亡くなっていたことをたった今知りました。

メイキングやインタビューでの穏やかな語り口、そんな口調とは対照的な創作家としての反骨心や気概が、スマートでカッコ良くて、手掛けられたお仕事と同じくらい魅力的でした。

『宇宙船』誌の小林晋一郎氏の連載で、「怪獣や宇宙人は滅ぼされることが定められているから、僕が描いた怪獣や宇宙人には瞳がないんです」と話されていたのが今でも印象的です。

ご冥福をお祈り致します。お疲れ様でした。ありがとうございました。

クロード・ルルーシュ「ランデブー」@恵比寿ガーデンシネマ

なんといっても『男と女』だから、そのうち他の劇場にも来るだろうに、わざわざ小洒落た感じが気に食わない映画館まで出掛けたのは、『ランデブー』を他の劇場でも観られるか少し不安だったから。

rendezvous
公開時のポスターはカッコ悪い。

8分ぐらい車載カメラの主観映像が続くだけだが、これが凄まじくカッコイイ。
車のことは全然知らないが、それでもエンジン音にやられてしまうし、駆け抜けるのが早朝のパリだから堪らない。
荒っぽい(?)ルルーシュ自身の運転がいかにもヨーロッパ。
この人は男女関係なんかどうでもよくてクルマだけ撮ってれば幸せなんじゃないだろうか。

映画が始まって1秒で心臓を射抜かれた感じ。これ1本に1800円払っても構わない。

クロード・ルルーシュ「男と女 製作50周年記念デジタルリマスター版」@恵比寿ガーデンシネマ

『男と女』がデジタルリマスターされたんだから観るしかない。

hommeetfemme

鮮明になった曇り空が、この季節のパリの寒さをリアルに思い出させてくれる。
ドーヴィルの夕焼け、曇天の海も綺麗だ。丁寧にレストアされてると思う。

でもこの映画にはフィルム傷も褪色もよく似合う。本当に嘘みたいによく似合う。
なので、身も蓋もないけどリマスター版でも古いプリントでも個人的にはそんなに変わらない。
ただ、場面によって使い分けられたカラー、モノクロ、セピアトーンのメリハリがより際立つ点ではやっぱりリマスター版のほうが優れてるかもしれない。

リマスター効果が嬉しいのは音のほうで、車のエンジン音の迫力が凄い。
ダバダバとエンジン音と雨と海…。完璧な音響設計。映像なしで体験したいぐらい。

それにしてもアヌーク・エーメが綺麗すぎて可愛すぎて。
正直な話、海外の俳優さんは演技が上手いかどうかもよくわからないし、ひどいときは見分けが付かなかったりするから好き嫌いなんか言えないが、アヌーク・エーメだけは本当に大好きだ。
どうしてあんなに魅力的なんだろう…。

肝付兼太さんの訃報

突然の肝付兼太さんの訃報。悲しい。

自分ぐらいの歳だと、〈藤子アニメ=肝付さんの声〉と言ってもいいぐらい、いろんなキャラクターが思い浮かぶ。

それでもやっぱりスネ夫。『宇宙小戦争』のスネ夫。

sneo go! 3

スネ夫みたいに8ミリで特撮映画を作りたくて作りたくて。
全力で創意工夫して遊ぶことの面白さを教えてくれたのは、この映画のスネ夫だった。
ありがとうをいくら言っても言い足りない。

suneo

いつの間にかスネ夫達を追い越して大人になっていた。
あっという間だったし、あっという間に死ぬんだろう。
それでも彼らは、ずっと少年期の彼らのままだ。

ending

肝付さん、本当にありがとうございました。

佐木隆三「深川通り魔殺人事件」

電波系の始祖、川俣軍司。
リアルタイムかどうかは関係なく、逮捕時の写真を見たら脳ミソにひっついて一生とれなくなる、悪い意味で印象的な事件。

fukagawa

求刑も判決も無期懲役で、死刑じゃないのは心身耗弱状態での犯行だったから。でも原因はシャブ。
…なんかおかしくないかい。病気ならともかく、シャブ中だったことが減刑の理由って。

判決でも情状の余地無しって言われてるし、実質的には終身刑だろうけど、なんか釈然としない。
無理とは解ってても、求刑するだけ死刑求刑しておくべきだったんじゃないの。

ただ、軍司に接触した人はみんな、「可哀想なやつ」って印象を抱いてて、それはなんとなく解る気もする。
コンプレックスをこじらせた負のオーラが出てたんだろうな。

イジー・メンツェル「厳重に監視された列車」@新文芸坐

映画は好きでも知識はない。だから映画館に行くか行かないかはチラシがピンと来たかどうかで決める。
(クチコミとか探すのはなんかシャク)
今回の新文芸坐シネマテークは〈チェコ・ヌーベルヴァーグ〉。〈チェコ〉と〈ヌーベルヴァーグ〉。だから観るしかない。

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イジー・メンツェルの『厳重に監視された列車』。
シリアスなのかと思ったら徹頭徹尾コメディ。ナチスや体制への批判精神を鮮やかに昇華したユーモア、このスカッとする感覚(感覚という言葉が本当によく似合う)は全然古くなってない。

先入観かもしれないが、チェコの映画(に限らず文学も音楽も)が持つユーモアセンスは本当にカッコイイ。子供っぽいのにどこか醒めてて余裕があるような不敵さ。
この映画だと駅員のフビチカがまさにそんな人物。
さらにはチェコ映画だから当然(?)、女優さんも綺麗。

思春期男子の憧れそのもの、年上の綺麗なお姉さんに教えてもらうシーン、活劇のカタルシスに満ちたラストと続いて、いかにもヌーベルヴァーグらしい主人公の唐突な爆死へ。

構えて観る必要はなかった。超一級の娯楽映画じゃないか。
楽しかった。エロかった。素晴らしかった。

そういえば、主人公ミロシュの童貞っぷりが見事な一級の童貞映画でもある。
みうらさん、DTの古典として再評価する必要がありますよ。

shin
岸田森オールナイト。絶対『曼陀羅』で寝ちゃうが、これは行きたいなー。

成瀬巳喜男「放浪記」@神保町シアター

神保町シアター。成瀬・高峰コンビの代表作(の一本)、『放浪記』。
『浮雲』並みに重量級の作品。ただ、あちらは高峰秀子と森雅之のアンサンブル。こちらは高峰秀子の一人舞台。

horoki

ギューちゃんも仲谷昇も小林桂樹も宝田明も、みんなピシッと嵌まるべき場所に嵌まった適役だ。でも結局、高峰秀子の強烈な演技と存在感の引き立て役でしかなかったのだなと思う。
それぐらいに本作の高峰秀子は凄まじい。デコちゃんなんて呼べる雰囲気じゃない。

大学生(?)役で岸田森と草野大悟がチョロっと出ている。まだ若いとはいえ、この二人の存在感を完璧に消し去ってしまう高峰の酔いどれ演技の凄さよ。

流されつつ生きていく人間の哀しみとか可笑しさとかを抑えて描く。成瀬と林芙美子はとても近いところにいる作家なんだろうと思う。

こんな早くその日が来るなんて不思議さ

夢も醒めて1週間経てば、さすがに余韻に浸っているわけにもいかない。
世界一の広いフロアに戻ろう。

当日前後のツイートを再録。

前世紀の末、小学校5年だか6年のとき、文集の〈好きなげいのうじん〉欄に「いとうせいこう」と書いた、あまりにもハイセンスなかつての親友N君は元気でいるだろうか。当時から既に二人にとって『建設的』は伝説だったのさ。
その後、自分は焼失する前の旧ジャニス2(…だったか3だったか。今の神保町シアターの向かいにあった)で旧盤CDを買ったが、彼はCD化されていることもその後の紙ジャケ化も信じなかった。今度はアナログで再発されると言ったら信じるだろうか。

bandwagon

『建設的』アナログの先行販売、鈴木茂さんサイン入りトートバッグ、その上ご本人と握手。開演前なのにもうお腹いっぱいだ‼︎

高橋幸宏、鈴木茂、岡田徹のとんでもない編成で「なれた手つきでちゃんづけで」「花いちもんめ」‼︎
風街レジェンドでは佐野元春が大滝詠一、いとうせいこうフェスではもちろんいとうせいこうが大滝詠一!

30thribbon

いとうせいこうフェス。最高でした。

since1986

スライドショー13から続くみうらさんのSinceブーム。

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シティボーイズを観たことがないので「ピアノの粉末」が生で観られてとにかく嬉しい。
そして消防服の大竹さん。首吊り死体姿の細野さんの「ろっかばいまいべいびい」。
歓びのカオス。いとうさんありがとう。

reversible

早速アナログ盤の『建設的』を聴きたいが大きな音出せる時間じゃないので、「真空報告官大運動会」を観ながら余韻に浸る。

細野さん、何年か前にいとうさんと対談してコントやりたいって言ってたもんね。しかしまさか実現するとは。

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出演者は勿論とんでもなく豪華なんだけど、その影でフェス全体に通奏低音として流れているみうらじゅんのいとうせいこう愛の深さが沁みる。とことんボク宝を大切にする人だ。
並べるのはちょっとアレだけど池田貴族の生前葬もこんな感じだったのかなぁ。

『建設的』は大好きだけど、それは細野さん周辺から辿り着いたもので、結局自分はその後の日本のヒップホップにはあまり興味がない。ただそれも勿体ないのかなぁと少し思った一夜だった。
コール&レスポンスを強要してくる感じはウンザリだが、ああいう音楽はライブじゃないと良さが半減するとも思う。
さすがに生で「スチャダラのテーマ」と「今夜はブギーバッグ」を目の当たりにしたら興奮した。

どうしても大瀧さん絡みなところがあるので、『風街レジェンド』と重ねてしまうが、その『風街レジェンド』で唯一不満だったのが、はっぴいえんどや松本隆の仕事に影響された次世代のミュージシャンの参加が、『風街で逢ひませう』だけに終わったこと。
どうしてフェス自体に参加しなかったのだろう、しょこたんに孤軍奮闘させるのは可哀想じゃないか…と。

そのへんの不満が『いとうせいこうフェス』には一切ない。自分は『建設的』と同い歳だが、いつもはせいぜい80年代あたりまでの音楽しか聴かないから、岡村ちゃんもSDPもちゃんと聴いたことはない。
そういう人達の魅力を教えてくれてすごくありがたいし、新しもの好きのいとうさん人脈の真骨頂だと思う。

が、ワタナベイビーの秀逸なジングルを耳にしたら、特に「I Get Around」を下敷きにして〈君は魔法を信じるかい?〉と歌われたら、やっぱり瞬時に〈魔法さえ信じた〉というシュガー・ベイブの歌詞が思い浮かぶし、『建設的』だろうがヒップホップだろうが、その背景にあるポップ音楽の文脈に意識を向けてしまう。
ここにも大瀧詠一が出てくるのだ。

駄文は止めて、感想をまとめれば、
・ピアノの粉末ときたろうさん。
・またテレ東の出入禁止食らいそうな大竹さん。
・斉木さんどうして来てくれなかったの。
・あまりにも安斎肇らしい安斎さん。
・ゴンチチ素敵。
・岡村ちゃん人気のワケ。あとTPDのブーツ美。
・SDPはポンコツじゃない。
・サブリミナルカーム。
・ヤンさんの創る宇宙。
・ナカゴーのぬるさと「生どっち」のテレビ芸のつまらなさ。
・↑が引き立てた博士のライブ芸。
・東葛スポーツ応援するよ。
・それでもやっぱり細野さん茂さん幸宏さんには敵わない。
・いとうさんにとってのみうらさんの存在の大きさ。

2046年には死んでたいけど、それでもフェスの模様は聞けるはず。
想像ラジオー。

金子光晴「絶望の精神史」

説明不要。詩人の名随筆。

despair

なぜ21世紀にもなって、明治大正の知識人のような苛立ちや悩みに曝されなきゃいけないのか。
ここ5年くらいはずっとそんなことを考えている。
「それは当然、僕も貴方も馬鹿だからでしょう」

要は日本人に生まれたことを悔やむしかないんだろう。

第1章の章題は〈絶望の風土・日本〉。

長い年月日本人は、海の彼方に、国々のあることを忘れていた。(略)
「民をして知らしむべからず」の政策の、それも一つのあらわれである。江戸時代は、この政策で、三百年の平安の夢を見たが、日本人の性格はそのためゆがめられた。「見ざる。聞かざる。言わざる」の消極的な小天地のなかで、よそへは通用しない、横柄で小心、悟りすましているようで勘定高い、ちぐはぐな性格ができあがった。(略)

詩人の看破。
もし日本人を説明する必要に迫られたら、この一文を引用するだけでいい。
本書が執筆されてから、まだ50年ちょっと。数百年に渡って醸成されたこの歪な国民性が矯正されるわけもなく。(むしろさらに歪んでいるから安心してください)
そしてもちろん、江戸に幕府が開かれる以前の日本人が真っ当だったというつもりも、毛頭ありません。

日本人として生まれてきたことは、はたして、祝福してよいだろうか、悲運なことなのだろうか。その答えは、だれにもできないことであろう。

悲運なことだと思う。でも、それはどの国に生まれても同じだろう。どこにもその国特有の〈絶望の精神史〉があって、それはたぶん、他国から見ることは出来ない。

しかし、僕が、防波堤や、虫食った岩礁の上に立って、黒潮の渦巻くのをながめながら、「とうてい、逃げられない」と感じたことは、日本がむかしのままの鎖国状態とあまり変わりがないことへの絶望とみて、まちがいはないだろう。

そして諸国を放浪した詩人をして書かせたこの一文に、完膚なきまでに打ちのめされる。
異邦人に、亡命者にならなければ。