安部公房「カーブの向う・ユープケッチャ」

新潮文庫の安部公房作品の何冊かは、なぜか長いあいだ絶版のまま。
どうせそのうち全集が揃えば読めるので、古本屋で積極的に探したりはしない。
でも見つけたらもちろん買う。

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書き下ろし長編の異稿ともいえる「チチンデラ・ヤパナ」「カーブの向う」「ユープケッチャ」を収録したマニアックな一冊。

冒頭の「ごろつき」は驚くほど凡庸だし、「手段」は「耳の値段」で記憶が上書きされていた。
『砂の女』前後までは、大学時代に全集で全部読んだのに、二作とも記憶がない。「手段」は特につまらないわけでもないのに不思議。

「ユープケッチャ」は『方舟さくら丸』より好きかもしれない。『密会』ほどではないけど、『さくら丸』にはガジェットを充分に消化しきれてないような印象がある。
ユープケッチャとか水洗便所とか立体地図とか、それぞれはすごく魅力的なのに。もったいない。

70年代後半以降の安部公房の失速を見るにつけ、最期まで失速も迷走も知らなかった石川淳の強靭さにはあらためて驚く。

カフカ「ある学会報告」

「ある学会報告」。

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「いかにもカフカらしい」という言葉で解らなさを解らなさのままに済ましてきた小品。(本当に小品か?)
読んだのもかなり昔だし、カフカの作品で〈解る〉ものなんてほとんど無いからそれはそれでいいとして、再読してもやっぱり〈カフカらしい〉。

それじゃ進歩がないので無理矢理にでも言葉にしてみるとすれば、カフカの現状認識の度を超えた暗さ(=明晰さ)を満喫するには最良の作品じゃないか、と。

いややっぱり解らないけど、このお猿さんの学会報告は何度でも傾聴するべきだ。

石川淳「鷹」

『鷹』。
石川淳に求めるものはこれだ。

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(読んだのは新潮文庫『紫苑物語』収録版)

先入観から、主人公が明確な意志を持った反体制者じゃないところが珍しい…と思ったが、よくよく考えてみれば石川淳の主人公としてはよくある人物像だった。でもまぁ、無職というだけで体制側から見れば既に危険分子みたいなものだろう。

『空中楼閣』の猫よろしく、仔犬にところどころ導かれるかたちで、主人公の国助は反政府組織に巻き込まれていく。
初めこそ戸惑っても、むしろ自分から深みに飛び込んでいくのが石川淳の主人公たる所以。

福永武彦が解説に書いているように小説としての体裁は作者にとってどうでもいいに違いない。

問題は登場人物がどれだけ作者の意識を離れて〈力〉を持って動き出すかで、だからこのラストは見事だ。

倉庫の立ち並ぶ運河が舞台になっているのも個人的に嬉しいところ。
触発される。いろいろと。

ヴィム・ヴェンダース「パリ・テキサス」@早稲田松竹

『ベルリン・天使の詩』で眠ったあとは『パリ・テキサス』。

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いまさらどうこう書く必要もない傑作。これまでの、よくも悪くも起承転結のないロードムービー(『アメリカの友人』みたいな例外もあるにはある)と、それなりにストーリーがあるその後の映画との分水嶺。
だから両方の美味しいところを愉しめる。

テキサスからLAに戻ってくるまでの前半は、ヴェンダースに期待する映像そのもの。荒野にモーテル、車。例えていうならロバート・フランクが撮ったアメリカ。ジュークボックスが見当たらないが、ライのスライドギターがそれを補って余りある。

…というか、もしもライ・クーダーが音楽を手掛けていなかったらせいぜい佳作どまりだったんじゃないか。そう思わせるぐらい音楽が素晴らしいし、映像と切り離すことが出来ない。

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銀行からヒューストンまで、トラヴィスとハンターがジェーンの車を追うシーンが大好きだ。
この映画はキャスティングも素晴らしいが、巧いのに憎たらしくないハンターは本当に可愛い。
ジェーンと絡むのは最後の1シーンだけだが、親子であることを瞬時に納得させてくれる二人の雰囲気がいい。
これからはジェーンもアンたちと一緒に暮らすんだろうなと思うと嬉しくなってくる。

フィルムじゃなくてブルーレイ上映なのは残念だったが、映像の鮮明さと音の良さには正直驚いた。
フィルム傷も恋しいけどこれはこれでアリ。

ヴィム・ヴェンダース「ベルリン・天使の詩」@早稲田松竹

ヴェンダースは早稲田松竹で観るに限る。初めて彼の作品を観たのがここだったから。

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『ベルリン・天使の詩』はもちろん嫌いじゃないし、初めて観たときには相当感動もしたのだが、何度観ても新鮮、というわけでもない。
そこが『パリ・テキサス』以前の作品との違いで、何度でも観たくなる不恰好なロードムービー群と較べると、本作以降の作品は中毒性が薄い。

あとは単にキャスト(特に女優)に魅力を感じられないのがツラい。これは個人的な好みでしかないが。

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だから今回は端から眠るつもりでいた。仕事の疲れをとってスッキリした頭で『パリ・テキサス』を観るための作戦だ。
空撮やクレーンを多用したカメラワークと、メロディーの起伏が少なくてアンビエントっぽい音楽は睡眠誘発にピッタリ。
そして早稲田松竹のいつもの席。最高の睡眠環境で気持ちよく寝た。

映画館は映画を観るだけの空間ではないし、〈よく眠れるいい映画〉もたくさんある。

石川淳「白頭吟」

石川淳『白頭吟』。

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題材が題材だけに期待して読んだのだが、石川淳の文章には珍しく引力が弱い。読み手として未成熟なのも勿論あるだろうが、なんとなく消化不良で、石川淳を読んだあとの高揚感に欠ける。

序盤は引き付けられるのに、人物造型に成功してるとは思えない梢三太郎が出てくるあたりから失速していく。
違和感だらけの強引な人物造型は珍しくもないのに、どうして彼にだけこんなに違和感を感じるのか解らないし、彼をそのセリフからそのままコスモポリタンと受け取っていいのかも迷う。

最後、観覧車のなかで転換する晋一の視点のほうが、梢三太郎のそれよりコスモポリタンに近いように思う。彼の存在感は物語の最後に到って一層薄くなる。
ただ、視点の転換じたいは鮮やかなのに、物語を〈収束〉させようとした痕がなんとなく見えるのも惜しい。『白描』に少し似てる。

なんせ石川淳だから、もっと炸裂する作品が読みたかった。

それでも、平板がぶちまける政治観(革命論)には骨の髄まで痺れる。

自分の流血がなにかの捨石になるだろうとか、犠牲になるだろうとかいう考はじつにあさましい愚劣な考だ。そのひまに、ダイナマイトに火をつけたあとは、自分のいのちを大切にして、さっそく船に飛び乗って、無事息災に逃げのびる手だてを考えたほうがいい。まさか、切っても血の出ない人民のために、バカがあとからよたよた歩いて来る道に、特製の緋毛氈を敷いておいてやるバカも無いだろう。

ここさえあれば、あとは蛇足だ。
なんだ、やっぱり炸裂してるじゃないか。

高畑勲「柳川堀割物語」

ジブリ絡みで観たことのある映画は最近までこれだけだった。
これだけ観れば他の宮崎高畑映画はいいやと思うぐらい好きだった。

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柳川の堀割を題材にした文化映画で、多く挿入される水上からの映像が佐々木昭一郎みたいで気持ちいい。
実際にヴィヴァルディの「四季」から「冬」が流れる場面もあって、『川の流れはバイオリンの音』を想起させる。
(『耳をすませば』でもバイオリンやクレモナで同作を思い出した)

堀割が取水する仕組みを解説したパートが特に面白い。適宜挿入されるアニメも効果的。小川紳助の『ニッポン国古屋敷村』におけるミニチュアのような役割。
…なんて考えてたら、DVDの映像特典で高畑勲が同作からの影響を語っていて、あぁやっぱりと。また好きな作品が繋がった。こういうのは嬉しい。

ヘドロが満ちて、ほとんど埋め立てられる運命にあった堀割を救ったのが当時役所に勤めていた広沢伝さんで、高畑監督が広沢さんに話を聞いたことがこの映画の発端だという。その広沢さんも02年に亡くなったそうだ。

この映画の製作からも30年ぐらい経っているから、映画の中の柳川ももう無いのかもしれない。それでも一度は行ってみたい町だ。『廃市』の文庫本を持って。

溝口健二「雨月物語(4K復元版)」@角川シネマ新宿

新藤兼人の『ある映画監督の生涯』や、いくつかの評論を読むと、〈西鶴や秋成、近松を題材にした晩年の作品は溝口の本道ではない〉と評価してる人も結構いる。
その際〈溝口の本道〉として挙げられる戦前の芸道ものが自分には退屈だったので、〈溝口の本道〉ってなんなのか未だによく解らないのだが、『雨月物語』を再見したら、少なくともこれが本道ではないと言われる理由はちょっと解った気がする。

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原作をきちんと読んだことがないのでどの程度脚色されているか解らない(本編の冒頭にも「新しい物語です」と出てくるし)。ただ、かなり海外の目を意識してるなぁと。
当然『西鶴一代女』の次ってことで力も入ったろうし、永田ラッパが張り切らないはずがない。

朽木屋敷を舞台にしたシーンは特に、〈わかりやすい日本らしさ〉を意識して撮っている気がする。能面みたいな京マチ子のメイクがそのものズバリ。
確かにちょっと外向きで、大映の戦略に乗って撮っているような感じ。溝口を知ってる近しい人からは〈気取ってる〉と思われる部分もあったのかもしれない。

あらためて観ると「浅芽が宿」と「蛇性の婬」のパートの繋がりが若干スムーズさを欠く気もしたが、これだけの作品なので大した傷じゃない。
宮川一夫の撮影も凄いが、音楽も含めた音響設計が素晴らしい。朽木の亡霊の声が徐々に大きくなってくるところなんかはかなり薄気味悪い。
森雅之もはやく気づけよ、とは思うけど、あんな京マチ子に魅入られたらおかしくもなる。

溝口健二「山椒大夫」@角川シネマ新宿

『近松物語』に続いて『山椒大夫』。
上映前に香川京子さんのトークショーがあった。生でお姿を拝見するのは10年ぶり。相変わらずお綺麗でチャーミング。ご自身の出演作に限らず、映画について本当に楽しそうにお話になるので、こちらまで元気になる。

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『山椒大夫』も初めて観たのは新文芸坐だった気がする。香川さんの出演シーンが短くて少しがっかりしたが、田中絹代の演技に圧倒された。
そして美術。燃える山椒大夫の屋敷を窓の奥に捉えたロングショットなんて、秒数は短いが本当に家一軒燃やしてるはず。

久しぶりに観たせいもあるが、ここまでよく出来た映画だとは思わなかった。
当時の映画界の熱気(と永田ラッパの山師ぶり)がダイレクトに伝わってくる。

あ、浪花千栄子先生のアクションシーンも必見。

溝口健二「近松物語」@角川シネマ新宿

初めて『近松物語』を観たときの感動は鮮烈だ。
10年ぐらい前の新文芸坐で、確か『雨月物語』と二本立てだったはず。
凄いものを観てしまった、という気持ちは『雨月物語』や『西鶴一代女』よりも遥かに強かった。

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その後もどこかで上映される度に観ている。観るたびに圧倒されて、溝口映画ベストワンの座が揺らぐことはない。

香川京子のための映画だ。
もちろん香川さんはどんな作品でも綺麗だ。でもこの作品の彼女は別格で、もう神秘的なほど美しい。

琵琶湖に浮かぶ船上で、茂兵衛に愛を告げられたおさんの「生きていたい」という叫び。さらにスピードを増して、息つく間もない逃避行から、ラストシーン、おさんの幸福そうな笑顔まで一気に魅せてくれる。

芝居もカメラも音楽も音響も、完璧。

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上映後のトークショーで香川さんは、自分の演技に精一杯で、周りを見る余裕なんて一切なかったと仰っていた。
それは観てる自分も少し似ていて、あれだけの名優が脇を固めて、セットも音楽も何から何まで凄いのに、結局『近松物語』と聞いて思い出すのは香川さんの名シーンばかり。

本当に素晴らしい。冷静に語ることは無理。
生涯のベストテンには必ず入る作品です。