セルゲイ・パラジャーノフ「火の馬」@早稲田松竹

早稲田松竹。いつもの席にはすでに他の人がいた。少し悲しい。

初めてのセルゲイ・パラジャーノフ。
『火の馬』はウクライナ版「ロミオとジュリエット」みたいな話。

山中にこだまする登場人物たちの野太い声とか、現地の音楽の響きが心地好くて途中寝てしまった。
過度な重さが無くて気持ちいいけど、物語のテンポは緩やかなので疲れているときは要注意だ。

三島有紀子「しあわせのパン」

『しあわせのパン』。タイトルだけなら絶対に観ようとは思わない。
でも大泉さんと知世さんが主演なので気にはなっていた。


「映像で語れるところは映像で」「間を大事にしたい」といった監督の言葉に反して、台詞と音楽が過剰に感じられるところも少なからずあるのが気になる。
ただそれほど「ケッ」と思うような映画でもなく、結構楽しめた。

あがたさんが良い。帽子を被ってトランクを提げた姿は、それこそ足穂の世界から抜け出してきたような格好良さ。

あがたさんと余貴美子以外の出演者は、正直もうひとつ弱い。
そこを救ってるのは知世さんと大泉さん夫婦の醸し出す空気感だと思う。

だからもう少し、媒介者として存在する夫婦ではなく、水縞くんとりえさんふたりの物語も見たかった。
ふたりに焦点を絞ったとしても、主題は描けただろうし充分成立したはず。それぐらいここでの二人は魅力的。

知世さんの可愛さはいまさら言うまでもないが、マッシュショート似合いすぎ。
雪原に寝そべって空を仰ぐシーンで、一瞬、『時かけ』冒頭のシークエンスが脳裏を過る。ニクい。

大泉先生は演技上手くなったなぁと。
いまだに、どうしてもナックスの皆さんをシリアスな役者として見ることができない。笑ってしまう。原体験は恐ろしいものだ。

主題歌は「ひとつだけ」の『はじめてのやのあきこ』収録バージョン。つまりこの曲のベストバージョン。
もともとこの曲からストーリーが構想されたらしいので、劇伴もアッコちゃんに担当してほしかった。

「怪奇秘宝 『山の怪奇』編」

洋泉社のムックはどれも面白そうだが、当たり外れが極端に大きいのが難。
あとムック時代の『映画秘宝』と比べると活字が大きいぶん損した気になるのも難。(これは洋泉社に限ったことじゃなく、全般的に本の活字は大きくなってきててイヤなのだが)


『怪奇秘宝』を買うのは初めてだ。
津山事件や長岡京ワラビ採り殺人、海外ネタではディアトロフ峠事件などなど、ベタなネタばっかり。
ディアトロフ峠事件のページでは、かの「オカクロ」さんから図まで引用している。もちろん内容自体はしっかり読めるものだけど。

あとこれは苦言だが、実話怪談系の書き手さん達は枚数が多いと文章が書けないんだろうか。
とりあえず「奇妙なことに」「不思議なのは」を使って書いとけばいい、そんな印象が拭えない。

ということで新鮮味は少ない。ただその『不思議ナックルズ』的な佇まいが妙に懐かしかったので、つい買ってしまった。
パラパラと眺めただけだが、山の怪奇特集とは関係のない記事の方が気になる。宗教アニメ特集なんてすごく濃くて面白い。

ほんのちょっと高いが、夏の夜の暇潰しにはぴったり。

文藝春秋編「東京たべもの探険」

仕事終わりに神保町をブラつく。
歩道に並べられた100円、200円均一のワゴンを眺める。
なんとなく面白そうな本を2~3冊見繕って買う。
やっぱり愉しい。デトックス。リフレッシュ。


この本は文春文庫ビジュアル版の一冊で、1985年発行。B級グルメシリーズのプロトタイプか。
ケチャップで書いた「B」のロゴが無いだけで、内容はほとんど同じ。

冒頭から80ページに渡って築地市場の特集。「原色築地魚類図鑑」なんていう、魚類恐怖の人間には悪夢でしかないページもあるが、場内、場外の楽しみかたを綴った文章は今読んでも面白い。


あとは麺類、天丼、パンなんかにまつわる濃いエッセイが多数(上のページのラーメンの旨そうなこと旨そうなこと)と、名店アドレスブック。

生まれてもいなかった時代の東京へのノスタルジー。
「普通の」東京ラーメンが食べたい。

石川淳「鸚鵡石」「無明」

今夜も石川淳。「鸚鵡石」「無明」。

反逆的な革命小説ではなく、古典(史実?)に材をとった小品二篇。

「鸚鵡石」は、典拠の『武辺雑談』についても何も知らないから、面白い伝奇小説、ぐらいの感想しか抱けず。
面白かったんだからべつにいいけど、きちんと読めてないのは悔しいし、もったいないことだ。

「無明」も同じようなもので、典拠(があるとして)が何かも判らない。
一人の若侍の発作的な自害が、不必要な自害や殺人を連鎖的に引き起こしていく。最後までただそれだけ。
彼らは忠義心や武士道精神(?)で死んでいくのだが、捉え方によっては単なる自己陶酔…とまでは言わなくても所詮不合理な行為なので、コントというか、「忠臣蔵」のパロディみたいな感じも。

くだらない社会通念や倫理観で人がポロポロ死んでいくのは面白い。

相変わらず夷齋先生の文章は力強いが、この作品は本当にあっという間に書き上げられたんじゃないかと思う。根拠はないが、そんな気がする。

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「別冊映画秘宝 特撮秘宝 Vol.6」

狂った雑誌第6号。
よくまあこんだけ濃いネタを途切れずに掘り出してくるもんだ。凄い。


今号はまるまる平成ゴジラに割いてるような印象。
当時のスタッフの座談会はもちろん、ムック編集者座談会まであって、嬉しいし懐かしい。欲を言えば「ホビージャパンEX」の編集者にも参加して欲しかった。

しかし人気怪獣ランキングを見ると、自分にとって魅力的だと思える平成怪獣って『ビオランテ』と『キングギドラ』の怪獣だけなのに気づかされる。
『スペースゴジラ』以外のVSシリーズは素直に好きだと言えるようになったのに、怪獣単体で見るとどれもこれも格好悪い。目を吊り上げて牙生やせばいいってもんじゃないだろうとは当時から思ってた。

デスギドラやグランドギドラもデザインは悪くないし音楽もいいから、そこだけ切り取れば今観ても悪くないかもしれない。ただそれはやっぱりキャラクターとしても作品としても失敗ってことだろう。

例外的に好きなのはガルガル。あれは平成モスラにはもったいないぐらい良いキャラクターだと思う。猫っぽいドラゴンって感じで可愛い。スタチュー欲しい。


座談会で西川伸司と白石雅彦が「『シン・ゴジラ』の成功は怪獣映画の復権ではない」と言い切っているのが重い。
確かに去年はシン・ゴジラブームではあってもゴジラ・ブームでは決して無かった。
グッズ展開なんかを見ても、歴代ゴジラがラインナップされることは殆ど無かったし。

特撮ファン以外で、『シン・ゴジラ』を特撮だと思って観た人はいないように思う。エヴァの実写版とか、アニメのヴァリエーションみたいに捉えてるんじゃないだろうか。
だから前号のように、「この国の特撮はまだまだやれる」なんて全く思えないのが虚しいところではある。

原田知世「音楽と私」リリースパーティー@角川シネマ新宿

知世さんの新譜『音楽と私』リリースパーティー。
トークショー&ミニライブと『時をかける少女』上映。もちろんCD付き。
もう行くしかないでしょう。


いまさらながら、目の前に現れた知世さんはものすごい美人だった。時をかけていた頃より、今のほうが断然素敵。

セットリストは「ときめきのアクシデント」「くちなしの丘」「時をかける少女」の3曲。
浮遊感が堪らない「くちなしの丘」。伊藤ゴローさんの指を追っても、殊更に難しいコードは使ってなさそう…巧い人はみんなそう見えるもんだけど。

ミニライブはトーク込みで40分ぐらい。もう1曲ぐらい聴きたかった。
でも『時かけ』ファンの人はサプライズで登壇した特別ゲストにすごく喜んでいた。映画自体にはあまり思い入れがないので羨ましい。


大林宣彦は、なかなかいない“生理的に合わない監督”で、『時かけ』でも女性教師にわざわざ生理云々のセリフを言わせたり、子供同士が傷の血を吸い合ったり、なんかイヤな感じ。
あとは音響センスの古さ。映像処理は82年ならこんなものかと思えても、効果音は妙に古臭くて居心地が悪い。

原田知世以外に好きな要素がほとんど無いのに、それでもいい映画だとは思う。
よく出来たアイドル映画ってこういう映画なんだろうなーとか、わりと醒めた目で観ていたはずが、終盤~エンドロールでは多幸感に包まれている。

あのヤケクソみたいなエンドロールは、作家的良心なのか元ネタがあるのか知らないが、凄いと思う。最初に観たときは本当に驚いた。
こんなもの思春期に観てたら引きずっただろうな。

あと岸部一徳はガダルカナル・タカ。