岸川靖編「東宝版フランケンシュタインの怪獣完全資料集成」

〈東宝SF特撮映画シリーズ〉でも出版されなかったフランケン二部作の、〈完全資料集成〉。
当然企画書段階の紙資料から関係者インタビューまで網羅したものと思っていたら、写真集だったのでそこは少し残念。


はじめから写真集と知っていれば充分満足のいく内容ではある。ちょっと高いけど。

判型もヨコだから、これまでの造形写真集のように見開きで写真がバッサリなんてこともない。見慣れた写真も印刷が鮮明で嬉しい。

でもやっぱり、この二部作は「研究読本」を出して欲しかった。

本多猪四郎「キングコング対ゴジラ(4Kデジタルリマスター)」@TOHOシネマズ日劇

さよなら日劇ラストショウ。
遂に観ることが出来た4Kリマスター版『キンゴジ』。

しかしこのポスターはどうなんだろう。コングが完全に添え物だ。

タイトルロゴからあまりの鮮明さに声が出そうになった。
人物の肌の色もすごく自然だが、もう少しイーストマンカラーっぽさが欲しかった気がしないでもない。
単に彩度だけを比べるなら以前観たチャンピオンまつり版のプリントのほうが発色が良い。ただ画面の情報量の前ではそんな不満も霞む。

『キンゴジ』は特撮シーンが同時期の作品に比べて弱いイメージがあったので、4K化で粗が目立たないか心配だった。
しかし目立ったのはマット合成の出来の良さ。これまで自分が持っていたイメージは、画質の悪さに因るところもあったのかもしれない。

音響も素晴らしい。
91年版LDの音が原体験になってしまっている身としては、別の映画を観てるような気分だった。画面全体から漂ってくる祝祭感が凄い。

キンゴジと伊福部音楽に目を眩まされがちだが、本多監督らしさは稀薄な作品だ。そのへんが最近は醒めてきた部分ではある。
いかにも山師的な企画といい、これは田中友幸の商品だろう。面白いけどさ。

伊丹十三「マルサの女」@TOHOシネマズ日劇

さよなら日劇ラストショウ。
伊丹映画も名画座にはなかなか来ない。だからフィルムで観られるこの機会を逃せるはずもなく。


やっぱ面白いよなーと。
徹夜明けの2本目なのにまったく眠くならない。決して解りやすいとは言えない題材を一級のエンターテインメントに仕上げる手腕。

図らずも小林桂樹で二本立てになった。名優だよねん。


上映後に宮本信子さんの舞台挨拶。映画のまんま。しかもサービス精神旺盛。エンターテイナー。
進行役がヘタだったのが惜しまれる。

橋本幸治「ゴジラ」@TOHOシネマズ日劇

さよなら日劇ラストショウ。
「ドラえもんナイト」終了後、なんとか時間を潰して日曜日の一本目は84ゴジラ。


駄作駄作と言いふらしながら、自分できちんと観るのは20年ぶりぐらいなんだから酷い話だ。

で、久しぶりに見た感想としては「そんなに悪くないじゃん」と。
そりゃキズは多い(中でも武田鉄矢はウザいだけで絶対許せない)が、そんなのはVSシリーズも同じだし。
ゴジラの造形自体はむしろ好きだし、演じてるのも薩摩さんだし。

〈ゴジラ復活〉に過剰な期待を持って観たリアルタイム世代がガックリしたのは解る。
でもVSシリーズで育った人間としては、そもそもこの作品がなければビオランテ以降の作品も無かったわけで、そこまで嫌いになれない。


ぶっちゃけ、シリーズ全作をランク付けしていったら『シン・ゴジラ』より上位にいるかもしれない。
シンゴジはよく出来てるとは思うけどそんなに愛せない。84ゴジラはその対極にいる。

ドラえもんナイト@TOHOシネマズ日劇

さよなら日劇ラストショウ。
〈ドラえもんナイト〉、これこそ本当に〈大人のためのドラえもんオールナイト〉の再来。日劇への思い入れ云々は抜きにしても行くしかないでしょう。

上映作品、タイムテーブルは以下の通り。


なんと予告編大会のサプライズ。
選りすぐりといいつつ、キャスト交替までの全作品を併映作品含めほとんど上映。
ビデオやDVDではブツ切りになってるドラえもんと併映作の予告編(あれはあれで親しみはある)がオリジナルの形で観られる歓び。
「風のマジカル」が流れる『魔界大冒険』はもちろん、『宇宙小戦争』はソフト化にあたって英語のナレーションが多少カットされてることも判って面白かった。


個々の作品の感想は神保町シアターでの特集時に書いたので省略。
『鉄人兵団』は神保町シアターのときと同じ、「藤子不二雄映画全集」のCFが映画の余韻をぶち壊す楽しいプリント。


『日本誕生』はたぶん同じプリントだと思うけど、序盤にフィルム傷が目立ったような気もする。


『アニマル惑星』は明らかにフィルム傷が多かったので別のプリントか。


『宇宙小戦争』は冒頭に〈ぼくたち地球人〉のCFが付かない別プリント。状態は良好。

名画座のオールナイトじゃないからロビーの展示とかは淋しかったが、最後に『宇宙小戦争』を持ってきた構成は満点。
とはいえ季節が季節なので、5時半過ぎの有楽町はピリポリスと違ってまだ真っ暗だった。

田口史人「レコードと暮らし」

面白かった本。


モンド本と重複して取り上げられているレコードもあるが、聴き方は180°異なる。
著者の聴き方は、レコードからそのレコードが作られた意図を読み取り、そこにあった生活を追体験・考証するというもの。
モンド・ラウンジ的な聴き方は、〈聞き手の自意識のひけらかし〉とバッサリやられる。
〈当時いかにして作られ聴かれたか〉と、〈今聴けば面白いし使える〉の違い。

著者が自説を述べる〈送り溝〉(あとがき)がすごくいい。自意識過剰な人間としては耳が痛くなったりもするが。
社会のなかでの自分の位置を把握するために不可欠(著者はこんな押し付けがましい書き方はしてないが)だった“体験”を、灰野敬二を例に解りやすく説いてくれるあたり、平山夢明がかつての映画館を、やはり社会のなかでの位置を知る空間と語っていたのと通じる。
確かにネットは行きたいところと見たいものしか見せてくれないからね。

だからこの本はディスクガイドじゃなくてエッセイといったほうがしっくりくる。それでもジャケットはもう少し大きく載せてほしかった。


新潟交通が配布していたお土産用のソノシートも取り上げられていて、ハッとした。

レコードを聞き出した頃、自宅の応接間のレコード棚にも、『佐渡の思い出に』やら『運転士もうたう』なんてソノシートがあって、作曲始めたてだった当時の自分は、「そのうちコラージュの素材にでもしようかな」なんて考えたのを思い出した。著者がいうところの〈モンド的な聴き方〉だ。

それと同時に、「じいちゃんばあちゃんで佐渡行ったんだなー」とか、「いやその頃はお父さんお母さんだったはずだし、父も伯母も連れてってもらったんだろうなー」と想像したのも覚えている。著者に近い聴き方だ。

自分はどっちの聴き方も好きだ。ただ、前の所有者や自分の手許に辿り着くまでの経歴を想像するのは、配信には無理なレコードだけの特権なのは確か。

応接間のレコード棚についていろいろ書いておきたくなったけど、長くなるのでまたの機会に。