石川淳「歌ふ明日のために」

「歌ふ明日のために」は、他の『夷斎俚言』所収のエッセイと比べても抜きん出て刺激的だ。読んだ者を突き動かすエネルギーに充ちている。

「君が代」とかいうどうしようもない国歌の欺瞞を暴き、それに代わる本物の〈歌〉が生まれる明日を語る。
もちろんそんな明日が当分来そうにないことは承知の上で、国歌や祖国観念が無かったところで別に不自由はないとも語った上で、それでもそんな運動が起こるなら与したいと語る。

しかし、与したいどころではなくそれを欲しているのは筆の熱でバレバレだ。でなければ『鷹』を書くはずがない。著者流の韜晦であって、本作は随筆形式による『鷹』の変奏だ。

こんな未開人の国に真っ当な国歌が現れる日はたぶん来ない。半世紀以上経った今も、状況は変わらないどころか悪化している。
自分も、祖国やら国歌やら、そんな胡散臭いものは無いほうがいいのだが、夷斎先生が言うように祖国観念が確立されないことには、〈祖国観念脱出のくわだて〉も始まらない。

それなら今この国を覆っている祖国観念めいたものはなんなのか。
おそらくそれは胡散臭いものの紛い物というどうしようもない代物で、そんな代物に自己同一化して生きている人間が少なからずいるという事実が、日本が愚民国家であることを端的に示している。

文庫版の解説でも触れられてるように、この国がまともな国になるチャンスは敗戦後、逆コースが始まる前の数年間だけだったのだろう。そしてそのチャンスが活かされることはなかった。
だからこそ『鷹』や『珊瑚』は、希望と共に苦味を纏っている。

Jungle Smile「翔べ! イカロス」プロモーション用カセット

地球上で一番好きなシングル「翔べ! イカロス / 初恋」のプロモーション用カセットを入手。

20年近く経っても、見たことのない販促用CDやカセットがたまに現れる。
そんな中でもこれは「イカロス」関連なので、手に入れた喜びも大きい。

特に嬉しかったのはマスタリング前の音源を収録してること(まあ、いま聴ける環境にないんだけど)。
プロモ用CDにもこの記載は無かった。ジャケットが出来上がる前、CDより先に配布されたのだろう。

マックス・エルンスト「百頭女」

相変わらず寝る前に文章を読む気力が出ないから、エルンストの『百頭女』は夢見を助けてくれる。

巻末の瀧口修造によるエッセイがまた素晴らしい。流石。短くて静謐。
小難しく大仰なわりに大したことは書いてない埴谷雄高(そこがいいのだが)とは対照的。

確かに怪しげな時の埃りを蹴散らして、あらぬ景色を照らし出しはしたけれど、なぜか音を立てなかったという気がしている。


惑乱、私の妹、百頭女。

FAVORITE SCULPTORS LINE キンゴジ 歩きポーズ

RIC時代も含めると、エクスプラスは息が長い。
独特なテイストのソフビ(初代ゴジラ雛型を持ってた)でスタートして、スタチューにも手を出したと思ったら、変な色のガメラをプライズで出したり、面白いメーカーだった。
それが20年前ぐらい。


息が長いと同時に変なメーカーだとも思う。
最近の〈酒井ゆうじ造形コレクション〉や〈FAVORITE SCULPTORS LINE〉にしても、自社の原型師より明らかに腕の良い原型師の作品を取り上げたり、いい意味で節操がない。

で、〈FAVORITE~〉は遂にイノウエアーツをラインナップするところまで来た。これは凄い。
前回のモスゴジは井上作品のなかでは一段劣ると思うので買わなかったが、今度は「歩きキンゴジ」である。
もちろん結構なお値段だが、子供の頃からの憧れ、イノウエキンゴジだ。キットを探して組み立てる手間を考えたら安いぐらい(その手間が愉しくもあるんだけどね)。


惚れ惚れする横顔。
将来、NATOや熱海城、あるいは他の原型師のキンゴジもリリースされるかもしれないが、これ一体あれば一生キンゴジは買わなくてすむ、ぐらいに今回の満足度は高い。


唯一残念なのは若干下顎が小さい気がするところ。
だから着ぐるみの再現性なら酒井さんのほうが上だと思うが、それでもこの迫力は唯一無二。
分割は目立たないし塗装も問題なかった。ベースに固定しづらいのが難と言えなくもないが、このサイズのレジンキットを組むことを考えればどうってことない。

松本俊夫「母たち」と佐々木昭一郎「マザー」

松本俊夫といえば『薔薇の葬列』の眼をブッ刺すシーンである。
10年ぐらい前、カレル・ゼマンを観に行ったイメージフォーラムで予告編を観てトラウマになった。
逆に言えばそれ以外なにも知らなかった。

最近、初期の実験映画に興味が湧いてDVDを借りた。
きっかけは円谷英二との関係。
最近読み返したKAWADE夢ムックで、宇川直宏が『銀輪』(1955)や、初期の円谷プロと松本との関係について色々憶測を巡らしていた。


↑円谷英二生誕100周年に発行された祝祭感の薄い特集本。
(祝祭感の稀薄さの多くは庵野秀明の冷め切ったインタビューに因る。『シン・ゴジラ』を経た今読み返すと面白い。あと唐沢俊一が邪魔)

で結局、『銀輪』は未ソフト化みたいだが、DVDの解説文を読むうちに、今度は『母たち』(1967)に興味が湧いてきた。
寺山修司の詩、〈母〉というモチーフ、16ミリの映像詩、くわえて制作年。どうしたって佐々木昭一郎の『マザー』を連想する。
実際、〈母=海〉の図式や、カメラが捉えた母子の表情など、『マザー』の冒頭部分に感触が似ている。
もちろんそれを抜きにしても面白い一本だったが、円谷英二から佐々木昭一郎に流れ着くとは思わなかった。

他の2本、『西陣』と『石の詩』も面白い。
特に『石の詩』。当時も干されたらしいが、こんな作品を放送してしまうような混沌が創成期のテレビ界にはあったということを改めて実感する。

石川淳「珊瑚」

文章が頭に入ってこない状態なのに、奇蹟的に石川淳の短篇を読めた。

『鷹』に比べれば幾分血生臭い革命譚。
登場人物が死体の山から立ち上る冒頭の場面は『修羅』を想起させる。

とりあえず解説を読む限り、この時期の作品を読むには同時期のエッセイ群を読まなきゃ始まらないような気配なので、気力が戻ったら石川淳選集を引っ張り出すこと。

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マーティン・スコセッシ「ジョージ・ハリスン リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」

気力を振り絞って無理矢理映画を観た。

3時間強の大作ドキュメンタリーだが、まだまだ触れてほしかったエピソードや曲もあり、ジョージの人生の濃度や交流の広さを思い知らされる。

また、ここに描かれたジョージがすべてではないだろうし。
もっと俗物的でロックスターな一面もあったはず。
そのへん、クラプトンやポールの言葉で濁してるのはズルいなと思いつつ、死者に鞭打つこともないとは思う。

晩年、自分の死期を見つめ、死を受け入れながら生きるジョージの姿は感動的。これからは『Brainwashed』を冷静に聴けない。

それにしてもジョージは羨ましい男だ。こんな力作ドキュメンタリーを作ってもらえるんだから。
先に逝ったジョンには、『イマジン』なんて凡作があるだけ。
今度作られる『Above Us Only Sky』も、またもやアスコットの『Imagine』セッション中心の映画みたいだし。
彼にもこれぐらい力の入ったドキュメンタリーが作られるべきだと思う。