安部公房「ノアの方舟」

これなんかは何回読んでもすっかり忘れてしまうので、いつ読んでも楽しく読める。
ドナルド・キーンの解説にあるように、あまり解釈だ分析だと身構えて読まない方が楽しめる小咄だと思う。
もちろん目を覚ましてくれるような先行研究があるならば、それはそれで読んでみたい。

安部公房「空中楼閣」

大好きなのだが、久しぶりに読んでもワケの解らない一品だ。
加えて国会図書館のHPで調べても先行研究が一件もない。一件もないってことは無いと思うんだけど、少なくとも雑誌論文は出てこない。空中楼閣みたいだ。

建設するものが空中楼閣だから、このビラを見て考えを巡らせた人はその途端に工員になってしまう。
読者も1ページ目から工員になってオルグされてしまう、そういう小説なのかと思ってると、隣のK君はじめ出会う人々の口から次々と全く違った空中楼閣像が語られていく。
書かれた時期から、資本主義への批判的な要素もあるが、それは他作品に比べて薄い。
そして唐突に幻想的なオチ。

常識的に考えて、冒頭のビラが何の比喩なのかを考えるのが解釈の妥当な道筋だろう。
ラストでビラを貼る男は軍服を着ている。戦中の軍部とブルジョア的なものが重ねられているのか。
なんとなく漠然としたイメージは掴めていると思う。でも補助線が欲しい。

安部公房「箱男」 – 無限遠の青

未読の本は増えるいっぽうなのに、また『箱男』を読んでいた。
疲れてるんだろか。
無限遠の青に惹かれているのだろう。


不必要に難しく考えるのを止めれば、この何冊ものノート(に見せかけた一冊のノート)は〈ぼく〉独りで書いたものだろう。
〈想像だが嘘ではない〉と彼も言っている。
医者や彼女との関係は、箱を被る前から続いているものだったに違いない。

Dはショパンの夢をみる。
いや、Dが〈ぼく〉の少年時代だったとしても何も差し支えない。親しみが増すだけだ。

最後の最後に〈ぼく〉は書く。

ある種の落書きは余白そのものなのだ。

落書きは註釈を呼ぶ、と読むことも出来る。本文中、数箇所に挿入された書き込みや別紙も、余白に呼ばれたものなのだろう。

〈ぼく〉は著者自身だという身も蓋もない解釈も、意外とこの小説を愉しく読ませてくれる。
書くこと、世界を構築することに耽溺する一人の作家の姿がそこには見える。

安部公房「箱男」 – 無限遠の青 はコメントを受け付けていません。 カテゴリー: 安部公房 タグ ,

安部公房「カーブの向う・ユープケッチャ」

新潮文庫の安部公房作品の何冊かは、なぜか長いあいだ絶版のまま。
どうせそのうち全集が揃えば読めるので、古本屋で積極的に探したりはしない。
でも見つけたらもちろん買う。

curve

書き下ろし長編の異稿ともいえる「チチンデラ・ヤパナ」「カーブの向う」「ユープケッチャ」を収録したマニアックな一冊。

冒頭の「ごろつき」は驚くほど凡庸だし、「手段」は「耳の値段」で記憶が上書きされていた。
『砂の女』前後までは、大学時代に全集で全部読んだのに、二作とも記憶がない。「手段」は特につまらないわけでもないのに不思議。

「ユープケッチャ」は『方舟さくら丸』より好きかもしれない。『密会』ほどではないけど、『さくら丸』にはガジェットを充分に消化しきれてないような印象がある。
ユープケッチャとか水洗便所とか立体地図とか、それぞれはすごく魅力的なのに。もったいない。

70年代後半以降の安部公房の失速を見るにつけ、最期まで失速も迷走も知らなかった石川淳の強靭さにはあらためて驚く。

安部公房「カーブの向う・ユープケッチャ」 はコメントを受け付けていません。 カテゴリー: 安部公房 タグ

ペパー軍曹の白昼夢

なにもいまさら軍曹殿について書くことも無いのです。語り尽くされたお方なのだから、無いはずなのです。

pepper

しかし、どこまで的外れな聴き方であろうと、身勝手な思い入れであろうと許容してしまうその大きさこそが軍曹殿が軍曹殿たる所以であって、レコードをターンテーブルに乗せるたびに、眠られぬ夜にiTunesで聴くたびに、頭の中には様々な軍曹殿が立ち現れては消えていきます。
そのすべてを消え去るままにしておくのも惜しい、一瞬でも脳内に走ったパルスは生け捕りにしておきたいという貧乏根性から、いくつかの誤読を試みることをお許し下さらない軍曹殿ではないでしょう。

軍曹殿をまた違った位相から眺めるきっかけを与えてくれたのは、またしても安部公房でした。

frontier

公房が1968年に発表した「ミリタリィ・ルック」という短いエッセイがあります。ミリタリールックの流行についての小論ですが、彼は若者達に蔓延するミリタリールックの出所を考察していくうち、軍曹殿に行き当たるのであります。
彼はまずジャケットについての印象を記したあと、こう続けます。

内容も、ジャケットにおとらず、ひとひねりも、ふたひねりもしたものだ。さあさあ、みなさんお聞き下さい。いまを去ること二十年前、サージェント・ペパー、すなわち、癇癪持ちの軍曹さんに、手とり足とり教えてもらった、わが「淋しい心の友クラブ」のバンドです。さて、いまからお聞かせするは、かの名高き「去勢用ナイフ」さんの歌…と言った調子の、すこぶる剽軽なもので、けっきょくは孤独な鬼軍曹殿が抱いていたらしい、理想や夢などが、全体としてそっくりパロディ化されてしまうことになる。

ここでわたしはハッとしたのです。パロディ云々はここでは横に置きます。公房はビートルズの毒を語っていますが、私がそれを取っ掛かりに語りたいのはあくまでも軍曹殿ご自身のことです。
“けっきょくは孤独な鬼軍曹殿が抱いていたらしい、理想や夢”。もし『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』がそのようなものであるならば、軍曹殿は最後にほんの少しだけ顔を出す、新聞を読んでいる男その人なのではありませんか。

そう考えれば納得も行くというものです。歓声に始まり歓声に終わる、しかしそれ以外に一切歓声の聞こえてこないこの奇妙なショーは、ある日、軍曹殿がまどろみの中に見た夢だったのではありませんか。歓声とともに目覚めた軍曹殿は、乱暴にツギハギされた栄光の時代の記憶から覚めるために、投げっぱなしの新聞を手に取ったのではありませんか。

隠遁者として、また半狂人として余生を送る軍曹殿にとっては、取るに足らない、興味を示すに値しない記事の数々。それでもまた足音を忍ばせて近づいてくる、あの動悸。亡くなった上院議員はご戦友でしたね。そして今日(本当に今日ですか?)うっかり観てしまった一本の映画の記憶。なぜ、あの華々しい我が大英帝国軍の勝利が、観客どもの失笑をもって迎えられなければならないのか。軍曹殿にはおわかりになりますまい。
正気を気取ろうとしても無駄です。貴方にはもう、ごく平凡な日常は二度と訪れません。結局はまた新聞を手にとって、逃げるようにコーヒーを…(本当にコーヒーですか?)。再び穴を塞ぐ夢に舞い戻る、それもよろしいじゃありませんか。貴方はこれからも穴を塞ぎ続けるのですよ…。貴方の墓穴が掘られるその日まで。

…墓穴?
本当に葬られたのは、貴方ではなかったか。

sgt1967

安部公房「人魚伝」

『第四間氷期』を読もうと思ったが季節外れなので『人魚伝』を読む。

deathofanother

あらためて、カテゴライズ不能な密度の濃い短篇だ。
『S・カルマ氏の犯罪』×『赤い繭』×『サンダ対ガイラ』×『ギニーピッグ』。
俗な印象を書けばこうなる。ファンタジーからSFを経て、『壁』以前の作品にも繋がる不条理な結末へ。
短篇における実験の集大成といっても、ちっとも大袈裟じゃない。
『人魚伝』が突出しすぎていて、(『使者』も好きだし傑作だとは思うものの)この文庫収録の他作品はすべて霞んでしまう。

安部公房「人魚伝」 はコメントを受け付けていません。 カテゴリー: 安部公房 タグ

「安部公房講演 小説を生む発想 – 『箱男』について」

boxman1973

なかなか見かけない、安部公房の講演が収録された新潮カセットブック。
オークションで運良く購入。
音自体はYouTubeにも上がってるし、全集30巻のCD-ROMに収録されてるかもしれない。

第一声こそ、ものすごく不機嫌そうな“大御所作家”な感じ。それも最初だけで、客を掴むのが上手いし話も面白い。
『箱男』について、まだ刊行前なのにネタを明かし過ぎな気さえする。
とはいえここで話してる内容もまた創作かもしれない。どこまでが事実でどこからが韜晦なのか、推測するのも一興。

「安部公房講演 小説を生む発想 – 『箱男』について」 はコメントを受け付けていません。 カテゴリー: 安部公房 タグ