ジョルジュ・バタイユ「眼球譚(初稿)」

『眼球譚』の初稿版を読んだ。
読んだはいいけど新版を忘れてしまったから細かい差異はわからない。
ブッ飛んでる印象は変わらない。結局はラストのおまんこの中から覗く目玉がすべてをさらう。

第二章はそのまんま『ナジャ』風。ブルトンとは喧嘩したらしいが、『溶ける魚』とは違ったかたちのシュルレアリスム小説だ。

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ジョルジュ・バタイユ「眼球譚」

madame

「マダム・エドワルダ」と「死者」の感想だけ書いて肝心の「眼球譚」の感想を忘れてた。
イメージの飛び具合が凄い。卵で満たした浴槽に沈められるマルセル、便器の底に沈んでいく卵。その他諸々。
いろいろ書きたいことがあったはずなのに忘れてしまった。
とはいえラストシーンのインパクトは凄い。やっぱりシュルレアリスム小説だと思う。
それと第二章はいらない。せめて題名を「あとがき」とかにしておいてくれれば。種明しを本編と同じテンションで読まされたらちょっとね…。

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ジョルジュ・バタイユ「マダム・エドワルダ」「死者」

madame

戸川純ちゃんの「眼球奇譚」の元ネタを読みたくて角川文庫版の『マダム・エドワルダ』を購入。
バタイユはポストモダンの本とかブルトンの本のどこかで目にしたような気もする。どっちにしろちゃんと読むのは初めて。

「眼球譚」の前に「マダム・エドワルダ」だが、自分には難しすぎた。
文章自体は難解じゃない。でもここに描かれた悪意をちゃんと読み取るのは、キリスト教信仰が隅々まで染み込んでいる歴史とか生活を理解してないと難しい。ラヴクラフトの常套句〈冒涜的〉を本当に理解できてるか疑わしいのと同じで。
断片的と言ってもいいぐらいひとつひとつの章が短いので、暗い画を想像しながら詩的なポルノとして読むぶんには面白い。ただそれじゃちゃんと読んだことにはならないだろうなとも思う。
解説によれば、底本の関係で、作品を理解するために重要な「序文」が割愛されているらしい。少し抜粋された文が紹介されてはいるが、確かに「序文」があればもう少し見通しはよくなるかもしれない。これはよく調べないで買ったのがいけないんだけど。

「死者」もやっぱり難しいが、強烈なスカトロ大会をふたつの死で挟んだこちらのほうが、死が描かれているぶん少しだけ分かりやすい…気がしないでもない。
「エロティシズムに関する逆説」には次のような一文がある。

もっとも始末に負えないのは、エロティシズムには消滅が緊密に結びついているために、消滅の勝利ともいえる勝利のあとにそれは生き延びられないことだ。

“消滅の勝利ともいえる勝利”は「死者」のラストそのものだ。死がエロティシズムを伴うのも両者が常に“消滅の勝利”を孕んでいるから。「エロティシズムに関する逆説」自体がこれまた難しいので今のところこんな感じにしか捉えられないが、読み込めばもう少しよく見えてくるはず…?

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