佐藤肇「吸血鬼ゴケミドロ」

『ゴケミドロ』を観た。実は初めてだったりする。
映画自体は子供の頃から知ってるが、イマイチそそられないというか、松竹の特撮はギララで懲りていたというか。

ようやく観た感想は、『マタンゴ』の出来損ないだなーと。
高英男が円盤に向かうシーンとか、額パックリの有名なシーンは印象強烈だが、それだけ。
ハマる人はすごくハマる、のは解ったが、自分とは肌が合わない。

DVD特典のカウチコメンタリー(みうらじゅん&樋口真嗣)で観てもそこまで面白くなかった。
素材が悪いとみうらさんでも本領発揮できないんだな。

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「巨人の村」とジャック・ニッチェ

本棚を整理するついでに、ムック時代の映画秘宝『あなたの知らない怪獣㊙︎大百科』を引っ張り出してパラパラ読んでいた。
出版から22年経ってるが全然古くなってないのは流石。

買った頃(20年前)と違うのは、取り上げられているほとんどの作品がYouTubeなりソフトなりで視聴可能なこと。
実際観てみると紹介文以上に酷くて、「こんなもんを観たいと心踊らせていたのか、あの頃の俺は」とあらためて虚しくなることも多々あり。

ただ、中には意外な発見をすることもあって、『巨人の村』(1965)もそんな一本。
説明するまでもなく、Mr.BIGことバート・I・ゴードンの映画の中でも『恐竜王』と同程度かそれ以下のZ級映画。


本編は途中で寝てしまった。全編観たところで変わらないと思うのでどーでもいい。
ただ、予告編でも解るようにBeau Brummelsが「When It Comes To Your Love」を演奏するシーンがある。

それ以上に驚いたのが、本作のテーマ曲をJack Nitzscheが手がけてること。
このテーマ曲「The Last Race」がカッコイイ。ベースリフがクールだ。


タランティーノが『デス・プルーフ』に使ってたり、自分が知らなかっただけでその界隈では有名な曲らしい。

60年代のティーン向けB級映画にはゴーゴーが出てくることが多くて、本編はダメでも妙に曲が耳に残ってしまうこともたまにある。
『The Creeping Terror』(1964)なんかもいい例だ。
時間を無駄にしたはずなのに、なんとなく得した気になってしまう。
だからだめなんだ。

ラリー・ブキャナン「金星怪人ゾンターの襲撃」

史上最低の映画監督の一人に数えられるラリー・ブキャナン先生。
まったく異存はないが、ヘタクソでつまらないだけで、嫌いではないんだな。


(↑3倍速録画のVHSと同等かそれ以下の画質のDVDももちろん買った)

今夜は眠れなさそうだなーと思ったら、YouTubeで『ゾンター』か『火星人大襲来』を流しておく。
センスを疑われそうだが、『ゾンター』のチープな電子音を散りばめた音楽は好きだ。催眠作用がある。
いうまでもなく映画全体にも催眠作用がある。

加えてこのへんの映画には個人的なノスタルジーがあるから、音だけ聞き流してると案外眠れてたりする。


(↑当時のポスターなんだろうか。イラストで誇張したりしてないところに好感が持てる。ホントかよ)

『火星人大襲来』もね、どうしようもないバカ映画だけど、プラネタリウムのシーンには一種の詩(褒めすぎ)があって結構好き。全体がダメダメだから余計に浮いちゃってるが。


ドライブインシアターで休憩時間に流れていたスナックスタンドのCFも、YouTubeには結構UPされている。
古き良きアメリカは終わっているが、カウンターカルチャーもまだ勃興し始めたぐらいの時期。この時期特有の空気といいましょうか。まだアメリカがノーテンキでいられた最後の時代。この空気感は悪くない。

でも気分が出るからってスナックスタンドのCFを夜中に観るのは止めましょう。

「DVD アウターリミッツ 1st Season Vol.1」

『ウルトラQ』と一緒に『アウターリミッツ』も借りた。ずっと観たかったのだ。
(今頃になってDVDやCDの宅配レンタルもそこそこ使えることに気付いて重宝している。ストリーミングより安かったりするし)

番組の代名詞のオープニング。
格好良すぎる。音楽もナレーションも映像もすべてカッコイイ。

『ウルトラQ』がパクったのも頷ける。

第1話は直球の「宇宙人現わる The Galaxy Being」。
周囲に自分の研究を理解されない男(?)が宇宙人と交信するのは『金星人地球を襲撃』と同じパターン。特撮は金星ガニやゾンターよりも凝ってるし、歩くだけで高熱の嵐を巻き起こす描写は今見てもなかなか斬新。そのぶん造形的には寂しいけど、掴みとしては最高の1本。
エンディングも次週への期待を膨らませる終わり方。

一転して、第2話「もうひとりの自分 – The Hundred Days Of Dragon」は地味なスパイ戦。
ガジェットとして肉体の変形が用意されているものの、SFを観てる感じはしない。
エピソードごとの毛色が違うのもアンソロジーの醍醐味だから、こういうのもありだ。

第3話「ゆがめられた世界統一 – The Architects Of Fear」は荒唐無稽なストーリーのわりには作劇がイマイチ。延々と手術シーンを見せられても面白くない。肝心の逆関節をした偽宇宙人もちょこっとしか出てこないし、デザインも酷い。


日本語版は日本語版でカッコイイ。若山弦蔵さん、いい声だなぁ。『バックグラウンドミュージック』でも聴こうか。

「DVD シルバー仮面 Vol.1」

『ミラーマン』の次は『シルバー仮面』。
DVD…これ本当にデジタルウルトラプロジェクトと同じスタッフが色補正したの…?原版の状態が悪ければどうしようもないか。

実相寺監督の2本は再見。特に第1話は傑作だと思うけど、自分が子供だったとして、来週も観ようとはなかなか思わないとも思う。
第2話も悪くはないが凡作。

実相寺・佐々木コンビはフォーマットを作っただけで、『シルバー仮面』は実質、市川森一と上原正三の作品と言ったほうがいい気がする。

特に市川森一はノッている。

第4話なんて大傑作だ。「私も科学者の端くれです。宇宙人の脅しになんか屈しません」と言って兄妹に協力の意志を見せながら、ラストでは「私だって春日博士みたいになりたかったんですよ」、そう言いながら研究書類や春日博士の肖像画まで(!)燃やしてしまう湯浅博士。

子供を宇宙人に拐われたんだから、湯浅博士の心変わりを責めるわけにはいかない。
でも本当にそうなのか?それでも科学者の良心を全うするべきじゃなかったのか?
人間の心の脆さを描いて、答えが出ない問いを発してエンディング。

市川森一の作家性が全開。
市川は『ウルトラマン大全集2』(講談社)の座談会でも、『シルバー仮面』に込められた寓意に惚れ込んでしまってやり尽くした、だから『ウルトラマンA』のときは脱け殻だった、と言っていて、本作や第9話を観るとそれはよく解る。

『シルバー仮面』はまさに『怪奇大作戦』の延長線上にある作品で、初期のウルトラ三部作では怪獣の姿を借りていた異端者が、科学犯罪者を経て本作では主人公になった。

〈科学を悪用して社会に復讐するもの〉を描くのが『怪奇』だったが、科学が〈悪用〉されているかどうかを判断するのは結局〈社会〉である。
宇宙人の存在すら信じられていない〈社会〉で、科学の〈平和利用〉を目標としながら、それでいて他人を巻き添えにして流浪する兄妹は、『怪奇』の犯罪者たちと紙一重のところにいる。

社会から排除される運命が定められている人間達が主人公とくれば、市川森一が乗らないわけがない。

上原正三ほどには『怪奇』の犯罪者たちに自分を託せなかった市川森一が、遂に開花したのが『シルバー仮面』だったのだろう。

実相寺昭雄特撮オールナイト第2夜@新文芸坐

実相寺昭雄特撮オールナイト、第2夜。

『怪奇大作戦』を映画館で観られるんだから、迷う理由もない。
しかも仕事終わりじゃないから寝る心配もない。

まずは樋口尚文とアンヌ、三輪ひとみさんでトークショー。
トークの内容は置いといて、三輪さんとアンヌの綺麗なこと(アンヌは古稀らしい。嘘だろう〉。
三輪さんは表現も話し方も笑い方も素敵な人だった。でも出演作はひょっとしたら一本も観てないかもしれない。(子供の頃から『宇宙船』なんかで見ては綺麗な人だなぁと思ってたのに、出てるのがホラーばかりで怖くて観られなかったんです。ごめんなさい)

途中から中堀正夫さんも加わって、カメラマンから見た実相寺監督が語られる。でも技術的な話は少なくて、監督の人柄を偲ばせる楽しい話ばかり。
(フィルモグラフィによれば『幻の光』も中堀さんの撮影…個人的な悦び!)

他にも、円谷プロと成田亨先生の確執に関するいい話とか、『セブン』12話を解禁するなら今年しかないだろうって話とか。アンヌが語るのは予想外の話ばかりで楽しい。

12話は、問題は解決しているし出そうと思えば出せる、けど各所が遠慮しあってる(樋口さんの言葉を借りれば「非常に日本的な状況」)だけらしい。
あとはファンの後押しだけだよ、ということで盛り上げてくれるアンヌ隊員。
そう言われるともうすぐなんだろうな、って気持ちにこちらもなってくる。

中堀さんによれば、レストア済みの12話は全エピソード中でいちばん綺麗だそうだ。フィルムの劣化が少ないからだろう。嬉しいけどちょっと複雑だ。

で、『怪奇大作戦』。
4作とも何十回と観てるが、スクリーンで観るとやっぱり印象が違う。まったく粗の見えない作り込みの細かさは完全に35mmの映画並み。

実相寺演出ならではの細かい仕草によるボケもよく判る。
京都篇はアフレコじゃなくて同録だから、映画館のほうがセリフも聞き取りやすいし、なによりスクリーンが似合う。

ただ、今回の上映素材は(たぶん)DVDと同じ疑似ステレオだったようで、そこだけは不満。京都篇は特にリミックス作業で付け加えられたアンビエントノイズと、オリジナル音声との剥離が目立つ。

音響設計にも徹底的にこだわる実相寺昭雄の特集なんだから、第3夜ではぜひオリジナル音声で再上映してほしい。

次は『シルバー仮面』から5本。
CSで何本か観たことがある程度だったから新鮮。兄弟の絆を軸にした暑苦しい設定は苦手だが、シリアスなのに笑いが漏れるのは映画館ならでは。
実相寺演出は1本だけで、あとは大木淳や佐藤静夫が演出したエピソード。当時の日本現代企画周辺の尖りっぷりがビンビンに伝わってくる。

ただ、元を辿ればその尖った感性のスタッフ達も円谷プロにいたわけで、次の『実相寺昭雄監督作品 ウルトラマン』なんかも併せて観ると、逆説的に金城哲夫という人の凄さが感じられる。


(第3次怪獣ブームの熱は感じられる。でもそれだけ。新撮カットや再録主題歌のショボさが悲しい)

大島組にいた左翼系の人達から、TBSの飯島監督や実相寺監督みたいな個性の強いディレクター陣、東宝から来た活動屋まで、職人気質だろうが作家性が強かろうが、とにかく好き勝手にやらせて、なおかつ壊れない世界観を作ってしまった。

巨大ヒーローもののフォーマットを『ウルトラマン』一本で確立してしまったのと同時に、すでにその中でアンチテーゼもパロディも批判も行ってしまった。
後になって大江健三郎がする批判や、お笑いでネタにされるようなお約束の揶揄なんか、全部自分達でやっちゃってたのだ。
これはとんでもないことだと改めて思う。

そしてやっぱり、金城哲夫は宮沢賢治だ、との思いを強くする。
唐突だが、理想を追い求める強さと繊細さ、場を作る能力や、独特の宇宙観・生命観に、似通ったものを感じてしまうのだ。

実相寺昭雄オールナイトだったのに、早朝の池袋をブラブラしながら考えたのはそんなことだったりする。

「別冊映画秘宝 特撮秘宝 Vol.3」

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ガイラが表紙のVol.3。
『サンダ対ガイラ』の決定稿、『Q』『マン』本放送時のブラウン管の写真が嬉しい。

それに加えて良かったのは金子修介のインタビューで、「怪獣映画を撮ることの意味が変質してしまった」という監督とインタビュアーとの温度差が、このジャンルの未来の無さをはっきり示しているような。
特撮オタクって変に右傾化したようなのばっかりでうんざり。
新作のコピーが〈ニッポンのゴジラ〉じゃなくて本当に良かったけど、作られたら作られたで変な意味付けをされそうで今からイヤな感じ。
読んでいて楽しいことは楽しい。でもなんだか閉塞感が拭いきれない。もうあんまり特撮好きじゃないのかも。