まず。
リマスター云々以前に、「昭和29年」の「ゴジラ」を「初日」に「日比谷」で観ることを疑似体験できるだけで嬉しい。
もちろんシャンテだから日劇とはちょっと場所違うけど、ここで観ることの意味の大きさに変わりはない。

雨のゴジラ像。天気がいい時とは違った迫力があります。

個人的にはもうちょっと工夫して欲しかったポスター。オリジナルを活かすという意味ではしょうがないか。
リマスターは当然楽しみだったが、特撮の粗が目立ってしまうんじゃないかという不安も当然あった。
一番心配してたのは、東京湾沿いに鉄条網が張り巡らされるシーンの合成で、やっぱり背景に対して鉄塔部分が揺れてしまっているのだが、モノクロのおかげで色調の違いは感じないので、それほど違和感はなかった。
(勿論そういう観点で観た場合の話なので、今回初めて観る人からすれば、なんだバレバレじゃん、となるかもしれない)
合成技術のレベルは相当高い。
大戸島での出現シーン、品川上陸シーンも合成であることは分かっても、マスクの設定が絶妙なのでほとんど気付かないうちに次のカットに移ってしまう。
品川のシークエンスは実相寺昭雄も分析した名シーンだ。
円谷英二の編集テクニックが冴えに冴える。
画質が鮮明になったことで、着ぐるみの動きもより生々しく伝わってくる。
この作品での中島春雄の演技は、後の“怪獣演技”とは異質のもので、演技というよりゴムの塊をなんとか動かそうとする苦闘そのもの。
特に顕著なのが隅田川から東京湾に逃れるシーンで、セイバーの攻撃にうるさそうな仕草を見せるゴジラの演技。おそらくはもっと大きく動きたかったんだろうなぁと、苦闘ぶりがものすごくリアルに伝わってくる。
このシーンは東宝のステージで撮影に立ち会ってるような臨場感だった。

正直云って画質の向上は『羅生門』ほどではない、と思った。
でもあちらは画そのものに語らせようとした作品、こちらは本編と特撮の空気感を統一させることにまず神経を注がなくてはならなかった作品なので、比較してもしょうがない。
リマスター効果は音のほうにより顕著に感じられた。
咆哮と足音の迫力、音楽の奥行きが、DVDはもちろん、フィルムセンターで観た状態の良いプリントとも雲泥の差。音圧ときめ細かさの両方を備えた素晴らしい音。
(これも普段40〜60年代の邦画を見慣れているからこう思えるだけで、やっぱり普段そういう映画を観ない人からすればセリフも聞き取りづらいし、音の潰れも気になるかもしれない。でもこれは相当いい仕事だと思います)
作品自体について言うと、ちょっと演技の甘さが気になったりはする。
主演の3人についてもそうなのだが、一番不満なのは有名な「ゴジラに光を当ててはいけません!」と山根博士が群衆にもまれながら言うシーンの、群衆の演技。
危険区域にある自分の家や逃げ遅れた家族友人がどうしても心配で居ても立ってもたまらない、自衛隊員に静止されようがその先に行きたい、だからああいう状態になってると思うんだけど、なんとなく押されたり押したりしてるだけで、切迫さが足りない。
志村喬の演技は当然巧すぎるので、どうしてもそこが気になってしまう。
しかしそれも些細なことで、今回あらためてこれは怪獣映画というよりも戦争映画、もっと言えば空襲を描いた映画だと思った。
いまさら強調するまでもないこんなことを書きたくなるのは先日の産経新聞の記事が酷すぎたから。
この映画を〈単なるアナーキーな娯楽映画〉として観られる人はいろいろ足りてないとしか思えない。
ゴジラが海に去ったあと、負傷者や遺児で溢れかえる病院の描写は、この映画がなにを語ろうとしているのか、無言のうちに強く物語っている。
映画の楽しみ方なんて観る人それぞれの自由だし、観客が100人いれば100通りの映画が誕生する。
しかし、どうしても見誤ってはいけない物語の核というのは必ずあると自分は思う。
枝葉をどう生やすかは各人の自由だが、与えられる根はひとつだ。
この作品が〈反戦・反核映画ではない〉と言い切ってしまうのは、絶対に違う。
ラストの山根博士のセリフを聞けばそれは明らかだ。
国会で山根博士がゴジラと水爆との関係を示唆したあとの、事実を公表するか否かをめぐる代議士達のやりとりは、ある意味でこの映画でもっとも古くなっていないシーンかもしれない。
作り手がいかにシビアに現実を見つめていたかの証。

映画の楽しみ方なんて観る人それぞれの自由、と書いたけど、自分にとって今回の鑑賞のいちばん重要なポイントは、冒頭でも書いたように、〈日比谷で観る〉ことに尽きる。
子供の頃とは違って東京の土地勘も少しはあるので、上陸したゴジラが新橋のほうから近付いてきて通過、国会を壊して皇居を一周して隅田川から海へ抜ける、という地図も頭に描ける。
まさに海のほうから今ここにゴジラが向かっているわけで、臨場感が違う。当時、日劇のシーンで日劇の観客が沸いた気持ちを少しだけ追体験できた。
(国会が破壊されるシーンで拍手もしたかった)
上映終了後に、宝田明さんとエドワーズ監督によるトークショー。
宝田さんはお元気で、伊福部先生の生誕百年にも触れていて嬉しかった。「ゴジラVSモスラ」LD-BOX特典映像での、打ち上げで伊福部先生とお会いした宝田さんの嬉しそうな表情が思い出された。
エドワーズ監督はやっぱり日本の観客の反応が気になるようだった。デル・トロみたいにオタクオタクした人じゃない(ような気がする。同族嫌悪と言われようがオタクは嫌いだ)。
ただトークショーの雰囲気が内向きというか、なんとなく狭いファン層に媚びてるように感じられてしまって少し微妙な気持ちになった。

復刻版パンフレットは少し高いけど、紙質も結構頑張って再現しているらしい。講談社の「グラフブック ゴジラ」の巻末付録と較べても確かに鮮明さは増している。東宝写真ニュースの復刻も嬉しい。
シャンテを後にして、さっきスクリーンの中で壊されたばかりの雨の日比谷に出た。