北野武「菊次郎の夏」@キネマ旬報シアター

北野映画の中でもいまいち食指が動かなかった『菊次郎の夏』を観る。

普通に良い映画だった。
でも北野武に〈普通に良い映画〉なんて求めてるわけでもない。

そしてここに来て遂に映像と音楽の力関係が逆転する。
あのテーマ曲じゃなかったら、結構退屈な映画だったんじゃないだろうか。
音楽に引っ張られて観てしまうけど、終盤の展開は間延びしてる気がする。

もともと既存の映画とはテンポが違う北野映画だが、本作の場合そこに快感はなくて退屈な場面も多い。
良かったのは競輪場の場面とか。

あとは殿が人前に出してあげたいパフォーマーがフィーチャーされてるシーンなんかも、リズムを悪いほうに壊してる。麿赤兒先生のシーンも同じ。
義太夫さんとらっきょさんにしても、これまでの映画であんまり使ってこなかったから「今度はお前らな」って感じが透けて見える。殿の優しさが自分にとってはちょっと邪魔だったり。
でもキヨシさんのシーンは最高。

『HANA-BI』と正反対なたけしと岸本加世子の夫婦にニンマリするだけで充分な映画だ。
桜橋の下を通過する艀とか、好きなシーンもいくつかあるけど、ここまで観客に媚びることもなかろうて。

北野武「HANA-BI」@キネマ旬報シアター

ここのところ不調で、観たい映画は山ほどあるのに一本も観に行けていない。
やっと見つけた隙間の時間にキネマ旬報シアターへ。
北野武『HANA-BI』。

再見だが、久しぶりなので良し。


駅を出たら寒かった。

『あの夏』と『ソナチネ』では饒舌すぎて映像から遊離していた久石譲の音楽が、ここでは完全に映像と一体化しているのが凄い。
(『キッズ・リターン』は好きじゃないので覚えてない)
本作のたけしは極端にセリフが少ないので、それも良かったのだろう。

『ソナチネ』だって死生観を扱ってはいたんだろうけど、それとは比較にならないほど『HANA-BI』が重量級の作品になっているのは、逸見さんが亡くなり、たけし自身も生死の淵を彷徨ってしまったからなのか。

『ソナチネ』では怖がりつつ死と戯れていた感すらあるが、本作にそういう刹那的な無邪気さは無い。

半身不随で刑事を退職した大杉漣は絵を描き始める。
ポジティブな事象であるはずなのに、画面には〈死に損なった〉〈死ねなかった〉〈死を諦めた〉ような虚無感が横たわっている。
それでもこんなに絵が描きたくなる映画はないけどね。(花屋のシーンは少ししつこいと思う)

主人公の名前が『その男』と対になってたり、作品自体『その男』のパラレルな続篇みたいだったり、それこそラストシーンは『ソナチネ』だったり、集大成的な色合いも濃い。

でも久しぶりに観直した結果、高田センセーの「カミさんへのラブレター」説がいちばん妥当なんではないかと。
西の奥さんが最後の最後に口にする「ありがとう」と「ごめんね」。
殿は奥さんにこれを伝えたいがために本作を作ったんじゃないかと。
だとしたらなんてカッコイイんだ。
(いやまあ、常人には想像できないほど泣かせてもきたんでしょうが)


キネマ旬報シアターも館内の展示が凝っていて愉しい。バックナンバーも読める。

今回は久しぶりのフィルム上映ということで、スタッフの方がお客さん達に映写機を見せて解説していた。
自分も待ち時間に映写室を見せて頂き、少しだけ雑談した。
映画好きな方とのおしゃべりは愉しい。
やっぱり名画座は愉しい。

「SIGHT 2015年9月増刊号」

SIGHT

あんまり「ロッキングオン」系の本は好きじゃないので買わないけど、「SIGHT」の9月号を買ってみた。
特集が特集だし、小林節さんのインタビューが面白いので損はなかったと思う。

でも買った決め手はコレ。

SIGHT2

殿がインタビューの中で、「ザ・フー」「ピート・タウンゼント」という言葉を発していたので、嬉しくて買っちゃったのだった。
最高なジジイである。

たけし、ドルフィー、沖縄

『3-4×10月』にはドルフィーやアイラーの曲を使用する予定だったが、権利関係でポシャってしまい、その結果、完成作品では音楽が一切省かれたという。

殿がどの曲を使いたかったのかは知らない。ましてドルフィーのこの曲は87年になってから発掘されたらしいので、ジャズ喫茶時代の殿が聴いているはずがない。
でも映画全編を包む白昼夢的なイメージには「Inner Flight Ⅰ」がよく乗る。
ブリッジ的に使うならバスクラのブローがいいのかもしれないが、『Out To Lunch』、『Last Date』の曲はあまり乗らなかった。

青い車、ソナチネ

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『空の飛び方』を聴いていると、終盤でいつも北野武の『ソナチネ』を思い出す。
言うまでもなく「青い車」があるからだが、この映画からインスピレーションを受けて書いた…なんてことはないんだろうか。そんなことを考えてしまう程イメージが重なり合う。

歌詞の端々から漂ってくる死のイメージはもちろん、〈生きるということは 木々も水も火も同じことだと気づいたよ〉というフレーズが、映画の中で描かれる沖縄の森や雨、海、浜辺での花火や炎上する車に重なる。〈死〉と表裏一体の〈生〉のモチーフ。
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しかもこの曲の次、アルバムラストが「サンシャイン」だ。どこまで当たっているのか分からないけど、以前ネットでこの曲は火葬をモチーフにしてるという説を見て、それ以来そうとしか聞こえなくなってしまった。
〈許された季節〉〈夏の花〉、それと対になる〈寒い都会〉とか、沖縄の夏を連想させなくもない。
まぁ、どうとでも解釈できるのが歌詞なんだろうけど、でも草野マサムネが北野武をどう観たのかは少し気になる。全然観てなかったりして。
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ビートたけし「みんな〜やってるか!」

日本映画専門チャンネルの北野武劇場で、『ソナチネ』に続いて『みんな〜やってるか!』を鑑賞。
ひたすらくだらない笑いに徹していて何も考えずに観れる…んだろうと思う。正直ちょっと冗長な感じ。ヤクザの抗争のくだりは退屈だった。チャンバラトリオの芝居がコテコテにしつこくて観てて辛いよ。

ダンカンもタカもラッシャーもフィーチャーされてるわりにそんなに笑えない。後半、殿が画面に現れてやっと安心出来る感じ。オーマイ親鸞が好き。
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でも一番笑ったのは寺島進さん。ヤクザも流しもハマりすぎ。
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『監督たけし』を読むと、『その男』の現場で殿が(名前こそ出てないけど)寺島さんに惚れ込んだのが分かるし、『あの夏』以降の作品を観ればそれはもう一目瞭然。

あとキャップ率いる地球防衛軍。ウンコでハエ男を呼び寄せる作戦が翌年のガメラにそっくりで笑うし、東京ドーム(?)にバキュームカーやらお百姓さんやらがウンコを持ってくるあたりは意外と正攻法の怪獣映画演出になっていて、こんなところでも北野武の観察眼の鋭さを思い知らされる。
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『サンダ対ガイラ』『キングコングの逆襲』あたりの雰囲気。

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北野武「ソナチネ」

日本映画専門チャンネルの北野武劇場で「ソナチネ」を観る。
初期の集大成とか言われるけど、前二作よりも痛みに訴える暴力シーンは少ないような気がする。そのぶん人があっけなく死んでいく、その虚しさがより強調されている。
クレーンでノミ屋を沈めるシーン、やってることはお笑いウルトラのバス水没アップダウンクイズとおんなじだけど、画面に漂う空気はまるで違う。

「その男」の住宅街追跡シーンのように、コントと同じ方法論で作られたシーンがたくさんある。
最たるものは紙相撲のシーン。北野ファンクラブではコントだったけど、ここでは美しいシーンになってるのがすごい。
つくづく天才とは両極を往き来できる人なのだと思う。

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惜しいのは音楽。どうしても久石譲と北野映画は合ってるとは思えない。それでも本作は曲もいいし善戦してるほうだとは思うが、ラストシーンの音楽の付け方は不満。「3-4×10月」みたいに一切音楽なしだったら完璧だったのに。

この映画、空気感が何かに似てると思ったら、全体に漂う気怠さとか死と戯れてる感じが旧「ルパン三世」そっくり。
北野映画とか「殺しの烙印」みたいなことをゴールデンタイムのテレビまんがでやっちゃった大隅ルパンは凄い。

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↑実写版「雨の午後はヤバイゼ」

何度観ても凄いと思うどころか興奮させられるのが、「ソナチネ」みたいな映画を撮る一方で「お笑いウルトラ」や「平成教育委員会」なんかを企画、出演してたって事実。
本当に黄金期の殿は凄まじい。

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