ドラえもんナイト@TOHOシネマズ日劇

さよなら日劇ラストショウ。
〈ドラえもんナイト〉、これこそ本当に〈大人のためのドラえもんオールナイト〉の再来。日劇への思い入れ云々は抜きにしても行くしかないでしょう。

上映作品、タイムテーブルは以下の通り。


なんと予告編大会のサプライズ。
選りすぐりといいつつ、キャスト交替までの全作品を併映作品含めほとんど上映。
ビデオやDVDではブツ切りになってるドラえもんと併映作の予告編(あれはあれで親しみはある)がオリジナルの形で観られる歓び。
「風のマジカル」が流れる『魔界大冒険』はもちろん、『宇宙小戦争』はソフト化にあたって英語のナレーションが多少カットされてることも判って面白かった。


個々の作品の感想は神保町シアターでの特集時に書いたので省略。
『鉄人兵団』は神保町シアターのときと同じ、「藤子不二雄映画全集」のCFが映画の余韻をぶち壊す楽しいプリント。


『日本誕生』はたぶん同じプリントだと思うけど、序盤にフィルム傷が目立ったような気もする。


『アニマル惑星』は明らかにフィルム傷が多かったので別のプリントか。


『宇宙小戦争』は冒頭に〈ぼくたち地球人〉のCFが付かない別プリント。状態は良好。

名画座のオールナイトじゃないからロビーの展示とかは淋しかったが、最後に『宇宙小戦争』を持ってきた構成は満点。
とはいえ季節が季節なので、5時半過ぎの有楽町はピリポリスと違ってまだ真っ暗だった。

「ドラえもん のび太の創世日記」@神保町シアター

1995

「ドラえもん映画祭2015」@神保町シアター。
「ドラえもん のび太の創世日記」。

劇場で観た最後の映画ドラえもん(だと思う)。
これは当時からわりと好きで、80年代中期の作風に戻ったような感じがして嬉しかった記憶がある。

タイトルからしてそうだが「竜の騎士」以上にSF短篇色が濃い。記憶通りというか、記憶以上に重い話でちょっと驚いた。
のび太達は創世セットで作ったもうひとつの地球でほとんど人類の歴史を追っているだけ。もうひとつの地球とはいっても本物の地球と大した変わりはないから、必然的に戦争が繰り返されることになる。
あんまり重くなりすぎないように、宗教戦争や疫病については別行動で他国へ行ったしずかちゃんが見てきたことにして済ますあたりの手腕は流石。
さらにそこで各国に必ず共通の神話体系が存在することを示唆するあたりも上手すぎるほど巧い。

メインで描かれるのは縄文〜明治ぐらいの日本(に相当するパラレルな国)で、その歴史の其処此処に昆虫から進化した地底人が顔を出す。
地底人と人間の関わりを原始宗教や民間伝承を通して描くのも上手い方法で、土俗的な怖さが滲み出してくる。
民俗学が好きなのでこのあたりの描写はツボ。ニヤニヤするしかないが、意外とこの類いの怖さは「日本誕生」ぐらいでこれまでの大長編にはなかった性質のものかも。

山中から鬼が出現するシーンがある。鬼は定番の鬼まんまだが、日本人の心性の根っこにあるところの“山の中には神様がいる”を忠実に具現化した映像なのでインパクトがすごい。
その後に現れる地底人のビジュアルも容赦しない。それまでの作品だったら人間への変身が解けるシーンはCGでワンクッション置くとかもう少しソフトな描写になっていたはずだが、直球のモーフィングで気味が悪い。(しかも傾いてるし)

南極の大穴からラストにかけて、ジャイアンとスネ夫が誘拐された理由とかエモドランとか、息抜き要素もあるのにそれが大した笑いにもならないぐらい切羽詰まった描写が続く。飛行船の爆発はモロにヒンデンブルグ号墜落の記録映像を模していて生々しい。

ただラストの解決策も結局は〈第二の神のいたずら〉であって、原始昆虫が繁栄する時代にその直接の進化形である昆虫人類が移住するのはまずいんじゃないかと思ったりもする。

もっと無粋なことを言ってしまえば、現在地球上で種の多様化と繁栄に最も成功しているのは昆虫らしい。
だから、〈昆虫類〉としての地上での生活に適応できない〈昆虫人類〉として進化しすぎて(?)しまった地底人は、昆虫のなかでも環境適応に失敗したマイノリティと言えるかもしれない。ハチ類の中で生き残れるのが地上のハチで、絶滅する運命なのが地底のホモ・ハチビリスなのだ。
…あくまでも地球に相当する別の星だからあっちじゃ違うのかもしれないが。

今作は主題歌もいいけど、しっかりエンディングロールで絵日記を眺められて楽しい。ちゃんと提出した人には優しい先生のコメント入り。

さて、「ドラえもん映画祭2015」も折り返し。F先生存命中の作品は全部観るつもりだったのに、「恐竜」「開拓史」「桃太郎」「銀河超特急」は観に行けなかった。「ねじ巻き」以降の作品はすべて未見だしこういう機会でもないとたぶん観ないので、声変わりする前の作品だけでも観ようか悩んでる。財布と時間と相談。

「ドラえもん のび太と夢幻三剣士」@神保町シアター

1994

「ドラえもん映画祭2015」@神保町シアター。
「ドラえもん のび太と夢幻三剣士」。

これも印象が薄い作品。白目のフクロウが気味悪かったことは覚えている。
今回見直してみても、正直云って失敗作だと思った。

テンポが悪くて、ガジェットをたくさん詰め込みすぎて消化し切れてない感じ。
ドラモンのホーキのキャラクターは消化不良だし、取り寄せバッグと四次元ポケットの使い分けも不明瞭。隠しボタンは相当怖い機能だと思うのにそれも伝わってこない。それを使うに到るドラえもんの心境の変化も唐突な感が否めない。
ノビタニアンとシズカールは一度死んでも生き返ることができるようになる。裏返せば一度ホントに死んでしまうのだが、大した山場にもならずに中途半端。シズカールの死なんてあってもなくてもいいような扱い。
決着も意外性というよりはヤケクソな感じがする。スネミスとジャイトスはフェイドアウトしちゃうし。
エンディングは強烈だが、そのために1時間半我慢するのはツライ。
主題歌と挿入歌もハズレ。

一番マズい気がするのはのび太が救いようのない本物のダメ人間に堕している点。
現実が辛いからずっと夢を見ていたい、その気持ちは痛いほど分かるけど、そのためにドラえもんに高いお金を使わせて一日中ずっと寝てるってのはどうなんだろう。なかなか凄い展開だが、のび太が弁護の余地がない人間になってしまっているのはちょっと悲しい。

ただ、“映画になるとカッコ良くなるのび太像に対するアンチテーゼ”とか、“映画ドラえもんのフォーマットを破壊する試み”と捉えればパンクで面白い。
F先生も芝山監督もあまり気に入ってない様子なのは承知の上で、意図的な誤読も鑑賞の手段だ。
好きな人は大好きな世界だろうし、何十本もあるんだからこんな作品も一本ぐらいないとつまらない。

「ドラえもん のび太とブリキの迷宮」@神保町シアター

1993

「ドラえもん映画祭2015」@神保町シアター。
「ドラえもん のび太とブリキの迷宮」。

これはとにかく怖かったので強烈に印象に残ってる。
放送終了後のテレビとパパが会話する導入部が強烈。あの時間帯の心地良さとか気味悪さを知った今だからこそなおさら。日常で一番非日常に近い場所は真夜中以外にないもんね。
ブリキンホテルに着いてからもサイケな背景に不穏なBGMが流れるばかり。おもちゃとはいえ目がイッちゃってる連中しかいないホテルで快適なはずもなく。
ドラえもんがいなくなる展開もイヤな感じだし、ブリキの象はどこか死をイメージさせる。
そして無人のホテルの地下に降りるのび太。徐々に見えてくる迷宮の入口。イヤな空間にイヤなものがある。今観てもやっぱり怖い。

チャモチャ星に到着してからもドラえもんがいないままストーリーが進むので、画面の可愛らしさとは反対に終始緊張感がある。
そもそも科学技術が暴走して人間が退化してしまったチャモチャ星は、特にこの時期併映のドラミちゃんで描かれる“楽しい未来世界”とは表裏の世界なので、なかなか怖い設定でもある。

初めて観た時、のび太がスペアポケットに気付いてドラえもんを助け出す場面ですごくホッとしたのを今でもはっきり覚えてる。“ドラえもんの不在”は小さい子供にとって“母の不在”ぐらい不安なものじゃないかしら。大袈裟じゃなく。
しずかちゃんがスペアポケットをパンツと勘違いしたり、ナポギストラーがウィルスにやられて壊れる場面で笑っていたのが子供よりもその親達だったことも、同じようにはっきり覚えている。
昔から、映画ドラえもんを楽しんでいるのは子供よりも大人達なのかもしれない。

どうでもいいけどスクリーンで観ると変なところに気付くもので、のび太の本棚に「謎の大阪人・上下巻」という本がある。

「ドラえもん のび太と雲の王国」@神保町シアター

1992

「ドラえもん映画祭2015」@神保町シアター。
「ドラえもん のび太と雲の王国」。

この映画から「創世日記」までが公開時に劇場で観た作品。当然思い入れもあるものの、当時から“最近のドラえもんは古いのと比べてつまらない”と薄々感じていたことも覚えてる。

「雲の王国」はTVシリーズのキャラクターが再登場したことの印象が強くて、子供心にストーリー作りに苦労してるなぁと思った。
〈毎年出かけていてもう冒険に行くところがない〉という先生の有名な言葉もすでにどこかで目にしていたはず。コロコロ連載時に本作が完結できなかったのを知ったのはもうちょっと後になってから。

映画自体の完成度は前作より上、というかシリーズ中でもかなり高い。中盤から徐々に天上人の領域へ足を踏み入れてしまう展開も伏線の張り方も見事。

クライマックスで大砲型の雲もどしガス(どう見たって核の隠喩)を出すのはちょっと生々しすぎるような。しかも不可抗力とはいえ一発撃ってしまう。
しずかちゃんが描いたお城のデザインに大砲があったはずもなく、最後に王国を元に戻すことを考えてもタンクのバルブをひねってガスを王国に行き渡らせればいいだけの話。
天上人と交渉する方法としてドラえもんがあれこれ考えた結果が武力による圧力、だったとしたらなかなか怖いものがある。
それこそ大長編でしか見せないドラえもんの“優秀な”ロボットとしての一面。

で、その責任を感じてドラえもんは特攻するのだが、昔は結構感動したけど今はそうでもない。それ以外になかったんだろうけど、あんまり好きな解決方法じゃない。
舞台を地球に持ってきた結果、説教臭さが増した2本目の「アニマル惑星」になってしまった感じがする。
でも好きだ。総決算としてみればこれ以上の作品はないとも思える。
相変らず主題歌も素晴らしい。「雲がゆくのは」は「時の旅人」と並んでイマジネーションを喚起する詞が絶品。

ところで「ミュージカル・天国の誕生」は全然ミュージカルじゃない。ミュージカルどころかほとんど全編ナレーションという凄い舞台だ。

「ドラえもん のび太のドラビアンナイト」@神保町シアター

1991

「ドラえもん映画祭2015」@神保町シアター。
「ドラえもん のび太のドラビアンナイト」。

本作もテレビ放送を録画して繰り返し観たので懐かしい。ただ、だいぶ経ってから観返したときに自分でも意外なほどつまらなくて、それからはF先生存命中の大長編では唯一の駄作という見方だった。今回も同時上映の「アララ少年山賊団」目当てでほとんど期待しないで観た。
期待せずに観たのが良かったのか、そこまで悪くはなかった。他の作品と方向性が違うだけで、これはこれで楽しめる。

前作があんまりシリアスだった反動なのか、直球のファンタジー。
個人的には映画ドラえもんの一番の特徴だと思っている〈非日常が日常に浸出してくる恐怖感〉が皆無なので、そこはやっぱり物足りない。
しずかちゃんを救出するためバクダッドへ出発する理由付けも、ジャイアンに「なんだか頼りない」と言われてしまう曖昧さで少し弱い。“絵本の世界が現実の世界と地続きになっている可能性がある”という設定自体は面白いと思うけど、なかなか画面上のワクワク感には繋がってこない。

しずかちゃんを見つけた時点でストーリーにはカタがついてしまうので、その後はどうしても緊張感を欠く。
たぶん、のび太の言葉で奮起するシンドバッドを応援できるかどうかでクライマックスの印象も変わるのだろう。正直云ってシンドバッドはハリーハウゼンの映画をなんとなく観たぐらいで絵本を読んだこともなかったので、子供の頃もこのへんはピンと来なかった気がする。(いまだに『千夜一夜物語』をしっかり読んだことがない。ダメだなぁとは思うけど)

こんな感じで思い入れの薄い映画なので、主題歌もまったく忘れていたがなかなか良い曲だった。途中でナイアガラ風(というかオールディーズ風)の転調もあるし。

「ドラえもん のび太とアニマル惑星」@神保町シアター

1990

「ドラえもん映画祭2015」@神保町シアター。
「ドラえもん のび太とアニマル惑星」。

ちょうどこのへんのドラえもんはテレビ放送を録画して何度も繰り返して観たので、CMに入るタイミングや画面上のステレオのテロップまで今でも覚えてる。
ファンタジーのようでそうでもなく、前作ほどのSF色もないが、相当シリアスな話である。
ストーリーが地球で展開しないから生々しさが薄れているだけで、これは紛れもなく人間(ニムゲ)の侵略譚であって、そういう意味では「魔界大冒険」や「鉄人兵団」の対極にある作品と考えることも出来る。この後「雲の王国」にも受け継がれる流れだ。
環境破壊と人間の愚かさを正面から描いているので、やや説教臭くなってしまったきらいもある。

どこか遠くの銀河系で物語は展開するものの、〈非日常が日常に浸出してくる〉怖さはちゃんとある。冒頭のピンク色のモヤがそれで、夢の中で拾ったはずの花が庭に落ちているあたりの演出は流石だ。禁断の森とこのモヤをめぐる演出がトラウマになっている人は意外と多そう。

モヤとは関係ないが、禁断の森上空でジャイアンがごねるシーンで謎の声が入る。声質はジャイアンに似ているので、なにかのミスで違う場面の声が入ってしまったのかもしれないが、場面が場面だけに不気味で昔から気になっていた。今回上映されたプリントにもしっかり入っていた。

異世界の成り立ちを語るときに、訪問者の側から科学的な解説を、その世界の住人側から伝承や神話を提示するのはF先生の常套手段だが、歴史に詳しいだけでは出来ない芸当で、歴史が“どのように語られてきたか”、人間は歴史を“どのように語りたがる生き物なのか”の部分にも精通しているからこその技だと思う。
本作で言えば光の階段と星の舟の神話がそれにあたる。多面的に語られることで突飛な設定も説得力を持つ。このあたりが作家としてのF先生の非凡さだと思うのです。

毎度のことだが主題歌は名曲。武田鉄矢を褒めたくはないんだけど。