溝口健二「お遊さま」@早稲田松竹

『お遊さま』は初見。


軸はお静のお遊への愛情だが、最後までこれがピンと来ない。
乙羽信子(若すぎて最初わからなかった)も演りにくかったんじゃないかと余計な心配をしてしまう。
さらには周囲の心情を汲み取れないお遊の妙な鈍感さも、故意なのか無意識なのかはっきりしなくてモヤモヤする。
(無意識だとは思うんだけど、妙に思わせ振りなカットがあってそれが最後まで引っ掛かった)

ファムファタールものの変形みたいな感じ。『雪夫人絵図』なんかと同じで少し置いてけぼりを食らう感じ。


未読だけど、原作が映画化に向いてなかったんじゃないかと思う。
ちょっと屈折した愛情を描かせたら谷崎はそりゃ巧いだろう。でもそれを映像化するなら、溝口よりもっと変態度が高い監督さんのほうがいいと思う。

『近松物語』で安寿が入水するカットと全く同じ構図のカットがあったり、『西鶴一代女』に使い回される(?)屏風があったり、どうでもいいディティールは楽しめた。

溝口健二「西鶴一代女 4Kリマスター版」@早稲田松竹

年始は早稲田松竹で映画を観るのが習慣だったのに、数えてみれば早稲田松竹での映画初めは4年ぶりだった。


溝口の『西鶴一代女』。
初見は大学生の頃だから10年くらい前。その時の印象は〈凄いけど重い〉で、再見してもその印象は変わらなかった。
そもそもその重さが苦手で再見しなかったわけで。

当時のポスターにも謳われてる通り、時代考証なんかは徹底してるんだと思う。
詳しいことは解らなくても、当時の役者さんは着物での身のこなしなんか本当に綺麗だし、それも相俟って完璧な画面には圧倒されるしかない。

圧倒されるしかないのだが、それが重い。
120点を狙って100点を出した映画というか、隙のなさ故に、あと根本的に全く救いのないストーリー故に疲れてしまう。
戦前の芸道ものこそ溝口の本領だと仰る方々が、戦後の大作群を「気取りやがって」と思うのも、本作を観るとある部分納得できてしまう。
〈日本を背負いすぎ〉なのかな。


そういえば最後のクレジットを観るまで、4Kリマスターなのを忘れてた。
『山椒大夫』や『雨月物語』、『羅生門』のように、パッと観て画質の向上に驚くようなことはなかった。
東宝だから?  でも『ゴジラ』は綺麗だったし。
原盤の状態が悪いのだろうか。そこは少し残念だった。

追悼・京マチ子

ちょうど石川淳の『新釈雨月物語』を読んでいるところだった。
京マチ子さんが亡くなった。

東宝系の映画やテレビ(主に特撮だけど)で育った人間なので、他社の俳優さん達の魅力に気づくのは、大学に入って名画座通いを始めてから。

その中で、まず魅了されたのが大映の女優陣だった。
京マチ子、山本富士子、若尾文子、岡田茉莉子、などなど、それまでの映画体験では出逢えなかった女優さん達。


↑神保町シアターでの〈大映の女優たち〉特集。

それまでは監督や脚本家で観る映画を決めていたが、好きな女優さんが増えるにしたがって、女優本位で作品を選ぶことも増えた。
映画はダメでも、好きな女優さんが綺麗に撮れてればそれで満足したり。

京マチ子さんは、それまでは『羅生門』しか知らず、しかも作品自体も大して愛せてなかったので、正直言うと印象が薄かった。

そんな印象も、新文芸坐で観た『雨月物語』と、神保町シアターで観た『赤線地帯』で当然のように覆され、大好きな女優さんの一人になった。

これも新文芸坐だったが、『楊貴妃』と『地獄門』の二本立てを観たとき、どちらの作品も京マチ子の登場の仕方がほとんど同じで笑ってしまった。
群衆がガヤガヤしだす、するとまず彼女の声だけが響いて、さらに一瞬の間を置いて京マチ子フレームイン。音楽は必ずハープの大仰なグリッサンド。周りの誰もがその美貌に口をポカーンとしている。
(微妙に記憶違いがあるかも)

その後は大作だろうとプログラムピクチャーだろうと、なんとなく面白そうならどんどん観た。


↑こちらも神保町シアター、〈豊田四郎と東宝文芸映画〉特集。

特に印象深いのは、吉村公三郎『偽れる盛装』と豊田四郎『甘い汗』。
『偽れる盛装』では、男を手練手管で手玉にとる芸者役だが、そこに戦後の逞しい女性像を重ね合わせているのが新鮮だった。
したたかに強く生きる京マチ子のかっこいいこと。
余談ながら、彼女に逆上し刃物を持って追い駆けてくる菅井一郎には、菅井一郎という役者には重すぎるだろう伊福部音楽がつけられていて少し笑う。

『甘い汗』の京マチ子も逞しい。
バーの女給として働くグダグダな現状に見切りをつけたいと思いながらもそう出来ない、型通りな言葉を使えばダメな中年女を熱演している。
この熱演度合が凄い。文字通りの体当たり演技で、劇中さんざん強調される夏の暑さと相俟って彼女の肉体が強烈な印象を残す。
前後のシーンはすっぽり抜け落ちているが、彼女が早朝、外でタバコを吸うシーンが個人的には好きだ。

まだ観てない作品もたくさんあるから悲しくはない。
でもやっぱり寂しいよ。

合掌。

溝口健二「雨月物語(4K復元版)」@角川シネマ新宿

新藤兼人の『ある映画監督の生涯』や、いくつかの評論を読むと、〈西鶴や秋成、近松を題材にした晩年の作品は溝口の本道ではない〉と評価してる人も結構いる。
その際〈溝口の本道〉として挙げられる戦前の芸道ものが自分には退屈だったので、〈溝口の本道〉ってなんなのか未だによく解らないのだが、『雨月物語』を再見したら、少なくともこれが本道ではないと言われる理由はちょっと解った気がする。

ugetsu

原作をきちんと読んだことがないのでどの程度脚色されているか解らない(本編の冒頭にも「新しい物語です」と出てくるし)。ただ、かなり海外の目を意識してるなぁと。
当然『西鶴一代女』の次ってことで力も入ったろうし、永田ラッパが張り切らないはずがない。

朽木屋敷を舞台にしたシーンは特に、〈わかりやすい日本らしさ〉を意識して撮っている気がする。能面みたいな京マチ子のメイクがそのものズバリ。
確かにちょっと外向きで、大映の戦略に乗って撮っているような感じ。溝口を知ってる近しい人からは〈気取ってる〉と思われる部分もあったのかもしれない。

あらためて観ると「浅芽が宿」と「蛇性の婬」のパートの繋がりが若干スムーズさを欠く気もしたが、これだけの作品なので大した傷じゃない。
宮川一夫の撮影も凄いが、音楽も含めた音響設計が素晴らしい。朽木の亡霊の声が徐々に大きくなってくるところなんかはかなり薄気味悪い。
森雅之もはやく気づけよ、とは思うけど、あんな京マチ子に魅入られたらおかしくもなる。

溝口健二「山椒大夫」@角川シネマ新宿

『近松物語』に続いて『山椒大夫』。
上映前に香川京子さんのトークショーがあった。生でお姿を拝見するのは10年ぶり。相変わらずお綺麗でチャーミング。ご自身の出演作に限らず、映画について本当に楽しそうにお話になるので、こちらまで元気になる。

sansho

『山椒大夫』も初めて観たのは新文芸坐だった気がする。香川さんの出演シーンが短くて少しがっかりしたが、田中絹代の演技に圧倒された。
そして美術。燃える山椒大夫の屋敷を窓の奥に捉えたロングショットなんて、秒数は短いが本当に家一軒燃やしてるはず。

久しぶりに観たせいもあるが、ここまでよく出来た映画だとは思わなかった。
当時の映画界の熱気(と永田ラッパの山師ぶり)がダイレクトに伝わってくる。

あ、浪花千栄子先生のアクションシーンも必見。

溝口健二「近松物語」@角川シネマ新宿

初めて『近松物語』を観たときの感動は鮮烈だ。
10年ぐらい前の新文芸坐で、確か『雨月物語』と二本立てだったはず。
凄いものを観てしまった、という気持ちは『雨月物語』や『西鶴一代女』よりも遥かに強かった。

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その後もどこかで上映される度に観ている。観るたびに圧倒されて、溝口映画ベストワンの座が揺らぐことはない。

香川京子のための映画だ。
もちろん香川さんはどんな作品でも綺麗だ。でもこの作品の彼女は別格で、もう神秘的なほど美しい。

琵琶湖に浮かぶ船上で、茂兵衛に愛を告げられたおさんの「生きていたい」という叫び。さらにスピードを増して、息つく間もない逃避行から、ラストシーン、おさんの幸福そうな笑顔まで一気に魅せてくれる。

芝居もカメラも音楽も音響も、完璧。

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上映後のトークショーで香川さんは、自分の演技に精一杯で、周りを見る余裕なんて一切なかったと仰っていた。
それは観てる自分も少し似ていて、あれだけの名優が脇を固めて、セットも音楽も何から何まで凄いのに、結局『近松物語』と聞いて思い出すのは香川さんの名シーンばかり。

本当に素晴らしい。冷静に語ることは無理。
生涯のベストテンには必ず入る作品です。

溝口健二「歌麿をめぐる五人の女」@神保町シアター

なんだかすごく久しぶりに神保町シアターで映画観た気がする。近くに行ったときチラシ貰うために寄ったりはしてたけど。
終戦直後の映画を集めた特集。全部フィルム上映なのが嬉しい。

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溝口の戦後第2作『歌麿をめぐる五人の女』。戦前の芸道ものも何本か観たけど、殆どわからなくて大体寝てしまった。だから多少不安だったものの、これは面白かった。

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46年暮れの公開だから終戦から1年半も経ってない。なのにセットも衣装も完璧。全編を緊張感が貫いて溝口が全開。
田中絹代以外に知ってる役者さんがいなかったのが寂しいが、そのおかげでよりリアリティを感じられたのかもしれない。

主役は〈五人の女〉なので、じつは歌麿さんはそれほど印象に残らないが、ラストの歌麿の「描きたい!」ってセリフには『草枕』を連想した。非人情ではないけど。
戦争が終わってやっと自由に映画を撮れる活動屋の喜びを、謹慎が解けた歌麿に見ることも出来るのかもしれない。

ただ、美味しいところはやっぱり絹代さんが全部持ってっちゃう。ラストの彼女のセリフは『近松物語』で市中引き回しにされる香川京子さんの表情に通じる。ただこっちは救いがないが。

お大名が考えた悪趣味な催しが石井輝男の異常性愛路線をちらと連想させる。わりとシリアスなシーンなんだけど笑いそうになる。

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