高橋昌一郎「ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論」


面白かった。
でも自分が不完全性定理を解ったかどうかは解らない。

ゲーデルの人となりは要らないから、もう少し難解になっても、第1章の〈不完全性定理のイメージ〉を突っ込んで書いてほしかった気もする。

ともあれ頭を疲れさせる本は心地好い。

上原善広「発掘狂騒史 『岩宿』から『神の手』まで」

旧石器捏造事件については、記者会見の様子がおぼろげに記憶にある。
なんか見てるほうも胃が痛くなるような会見だった。
やったことがやったことだけに、叩かれても仕方ないとは本書を読み終わっても思う。

捏造事件だけを扱っているわけではなく、学閥やら権威やら、泥臭くて閉鎖的な戦後の考古学界の歩みを丹念に追っていく。
この泥臭い部分が、よくも悪くも人間的で面白い。

『フェルマーの最終定理』を読んだ直後なのもあって、閉鎖的な日本の考古学界は、あけっぴろげでいながら厳密な証明を重んじる数学者達の世界とはすごく対照的に感じられた。
そもそも比べちゃいけないものなのかもしれない。

読後感はそんなに良くはないが、読み応えはあった。

サイモン・シン「フェルマーの最終定理」

フェルマーの最終定理は、Beach Boysの『Smile』に似ていると思う。
いちおうはブライアンが04年に完成させたけども、それはあくまでも現在のブライアンがツアーバンドと共に作り上げたものであって、67年当時、ブライアンの頭のなかに響いていた完成形がどんなものだったかは謎のままだ。
フェルマーの最終定理も、ワイルズが証明こそしたものの、それがフェルマーの証明と同じだったはずがなく、オリジナルの証明は謎のままだ。

数学はもちろん算数さえ怪しい自分にも楽しめた数学ノンフィクション。
解説で訳者が書いてるように、難解な計算をひとつも読者にさせず、それでいてワイルズをはじめとする数学者達の仕事がいかに凄いかを伝えてくれるサイモン・シンの筆力はすごい。

数学の歴史を紀元前から一気に読まされてしまった。
圧巻。

中屋敷均「ウイルスは生きている」

帯文の『生物と無生物のあいだ』以来の傑作、に反応して読みたくなった本。
そこまでではなかったかな、と。
割と専門的な部分もあってちと難しかった。急いで読み過ぎたのかもしれない。

生命の分類は所詮人間が考えたものに過ぎないし、それに当てはまらないウイルスや細胞の営みが発見されたからといって、そんなに驚くようなことだとも思えない。
『ワンダフルライフ』なんかもそうだったが、この手の本を読んでもイマイチ感動が薄いのはそのへんが原因か。

ただ、著者はリチャード・ドーキンスの〈生物は遺伝子の乗り物に過ぎない〉という捉え方を引き継いで、〈ヒトとしての生に比べれば、人としての生のほうが傍流なのかもしれない〉と説く。
この考え方は個人的にしっくりきた。

ジョン・ガイガー「サードマン 奇跡の生還へ導く人」

遭難や漂流、宇宙空間、災害現場などで危機的状況に陥った者の傍らに突然「何者か」が現れて、生還へと導くー。

↑裏表紙より。
極限状態に陥った人の傍に現れる〈存在〉について、豊富な事例と学説を紹介した本。

科学ノンフィクションとしても面白いし、山岳・海洋ノンフィクションとしても面白い。
一石二鳥の一冊。
人間の生存本能はすごいと心底思わされる。

個人的に印象に残ったのはラインホルト・メスナーの事例。
メスナーの本も読みたくなった。

河合隼雄「箱庭療法入門」

なんとなく惹かれて、箱庭療法についての本を読んでみた。

sandplay

著者は日本での箱庭療法の第一人者。この本は基本中の基本らしく、1969年から絶版にならず版を重ねている。それだけに写真の画質は当時の出版物のそれで、そこがちょっと惜しい。
患者が箱庭を作り、治療者がそこから患者の心理を読み取る。治療というより、問診やカウンセリングの変形みたいなものなんだと思う。
自分の症状や内面について言葉で説明することは(特に児童期の子供には)意外と難しいし、症状の要因を自覚出来ていない場合もある。知らず知らず箱庭に現れた(かもしれない)それらの点を治療者が読み取って、どうすれば事態が好転するかを考えていく。

治療を進めていくに従って、患者が作る箱庭がどんどん変わっていく。その変化が面白いというか興味深いというか。
そこから何かを読み取ろうとしなければ、それはただの箱庭なのに、患者の内面と向き合った治療者にはいろいろなことを語りかけてくれる。
人の内面は本当に面白い。

中野純「『闇学』入門」

アンテナは常時張っていたいと思うのだが、あまりにもノイズが多く、ノイズとして聴くことの出来るノイズならまだしも、ノイズにすらなれない質の低いノイズ以下のノイズばかりで疲れてしまうので、ここ数年各方面のアンテナは畳んでいる。畳んでいても本当に必要なことは飛び込んでくるし、それをキャッチ出来なくなるようなら、終るしかない。

yaigaku

それでもたまにはラジオを聴く。いとうせいこう兄貴の『GREEN FESTA』はゲストの話も面白い。この番組きっかけで興味を持った事柄もいろいろと。
光害もそのひとつ。過度な照明が人体や生態系に与える悪影響を指す言葉だ。
ダークスカイ協会主催の講演会にも行ってみたかったが時間が合わなかったので、そこで講演した中野純さんの本を読んでみた。

光害の他に、日本人と暗闇(灯り)との関わりが民俗学的な視点も交えて語られる。面白い。
しかし一番面白いのが、ナイトハイクなど自身の経験から得られた、世界を見る新しい視点。

もっといえば、昼間は太陽の光が大気に散乱して空が明るく青くなり、ほかの星の光を見えなくしてしまう。太陽自体もまぶしくてふつう見られないから、地球以外なにも見えない。果てしない宇宙が全然見えないのだ。それが夜になると、満天の星が見え、広大な宇宙が姿を現す。

見慣れた風景がまるで違って見える視点を示唆されるとワクワクする。昼間は明るすぎるゆえにもうひとつの闇なのだ。なんて素敵な視点転換だろう。
311以後に出された本なので、当然原発と電気の関係についても言及されている。
章題が素晴らしい。「明るい未来から、美しく暗い未来へ」。


2011年に制作された光害についてのドキュメンタリー、『ザ・シティ・ダーク 眠らない惑星の夜を探して』。
予告編だけで魅了される。ソフト化されていないようなので、どこかがリバイバルしてくれるのを熱望しています。